偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
店内に響き渡るピアノ、お客さんは何も気づかずに歓談しながら食事を楽しんでいるけれど、私はその曲を聞いて手が思わず止まった。

“ラ・カンパネラ”それはプロでもリサイタルで避けたいと言われている超難易度の高いリストの曲。私も弾けないことはないけれど、完璧ではない。一体どんな人が……と、ちょうど背の高い観葉植物に隠れて見えないピアノの位置をチラッと覗き見る。

あの人……! う、嘘、まさか……だよね?

木内梨花(きうち りか)

私の母と同様に世界的に有名なピアニストで、年は確か二十五歳と雑誌のプロフィールで見たことがある。そして、持ち前のルックスを活かしてファッション雑誌のモデル業もしている。流れるような長くて艶のある黒髪に、陶器のような白い肌、どことなくエキゾチックな雰囲気があって、まさにアジアンビューティーな色気のある大人の女性だ。

私も梨花さんのコンサートに何度か行ったことがあるけれど、まさかここで生演奏を聴けるなんて思ってもみなかった。

後でサイン、とかもらえるかな……図々しいかな。

梨花さんの演奏に皆、酔いしれている。彼女にはそんな魔法のような不思議な魅力があった。

それに比べて私は……。

ああ、考えるのやめよう! そもそも、梨花さんと私じゃ初めから雲泥の差だし、比べ物にならないって。

最後に運ばれてきたデザートを食べながらブンブンと首を振って、口元をナプキンで拭った。
< 58 / 261 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop