極上蜜夜~一夜の過ちから始める契約結婚~
「え、えと……?」

「今、手持ちそれしかないので。足りないでしょうが、節約して使っていただければ」


足りないわけがない。
盗まれた有り金全部より多かった。
それを、仕事で対応してくれただけの外交官にポンと出されても、借りるわけにはいかない。


「い、いえ。ありがたいですけど、こんな大金お借りできません」

「パスポートの再発行にも手数料かかりますよ。無一文なのに、どうやって払うんです?」

「それは……」


あまりに現実的な指摘の前で、私も返事に窮した。


「ホテルはいいとして、最終日の空港までの足代は?」

「え、っと……」


彼が畳みかけてくるのは、無情な現実問題だ。
声を尻すぼみにして俯き、唇を噛んで黙り込んだ私の前で、彼は眉間に皺を刻み、肩を動かして息をした。


「返せとは言いませんから」

「っ、え?」


ずいぶんとあっさり言われて、私は声を引っかからせてしまった。


「使い途のない金です。それでローマの街を少しでも楽しんで、元気を取り戻してください。日本に帰ったら、一からリスタートできるといいですね。希望的投資のつもりです」

「っ……」


苦言転じて、思いがけず温かい言葉に、口ごもった。
そんな私の前で、彼はテーブルから書類を取り上げ、ソファを軋ませて立ち上がる。
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