密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 そんな強面の男に詰め寄られたのなら、普通の感性を持つ人間は怯むだろう。けれど私たちの主様が怯むことはない。

「突然のことで驚かせてしまったね」

「そりゃあ驚くに決まってますよ! 見て下さい! サリアの奴なんて意識飛ばして白目剥いてるんですよ!?」

 いやいやいや、見せないよ!

 私は自分でもびっくりするほどの反射で起き上がっていた。何が悲しくて敬愛する主に白目を剥いて寝込む姿を晒せるか!

「ジオン! 主様に変なこと言わないで!」

 間一髪で阻止することには成功したけれど、すでに見られている可能性の方が高いことが不安である。

「サリア! 気が付いて良かった」

 はい。聞きましたか?
 我が主は密偵相手にも心を配る優しさを持ち合わせているのだと、全世界に宣伝して回りたくなりました。
 目が合えば、主様は安堵の表情を浮かて下さいます。

「ご心配をお掛けてして申し訳ありませんでした!」

 その優しさに、仕えるべき主であることの誇らしさ、お仕え出来ることの幸せを感じていた。
 けれど今日に限っては、続く言葉はちっとも優しくありませんでした。

「いや、悪いのは俺だよ。君たちには残酷なことを言うけれど、これはもう決定したことなんだ。俺は王位継承権を剥奪されることになるだろう。そして政や貴族の思惑の及ばない遠い地に送られる」

 私はとっさに口を覆っていた。そうしなければ冷静さを保てそうにない。
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