身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~
式の最中は、リハーサルをしたにも関わらず頭の中が真っ白になって、きちんと出来ていたのかはっきりと思い出せない。
後になってずっと記憶に残るのは、誓詞奉読の低く凛と響く声。何の揺らぎも感じさせない閑の声は、琴音の身体に染み入り人知れず息を零す。
それから、ずっと微かに震えたままの琴音の手を、包むように持ち上げ、指輪を嵌めてくれた時。
「……琴音」
琴音にしか聞こえないほど小さな声で、励ますように名前を呼んで一瞬だけ頬を撫でてくれた。
一生涯で一番、温かな手に触れたような気がする。ほんの少しだけ首を傾け、その手のひらに寄せた。
最初から気持ちが確かにそこにある、恋愛を経た結婚ではない。
姉の言うとおり、閑と結婚できてうれしいと思う気持ちが、姉をいつも羨んでいた子供の頃の延長なのかもしれない。
閑の隣に姉が並んで立っているのを見たとき、自分でもどうにも抑えられない衝動が生まれたのは。
それを恋と呼んでも、いいのだろうか。
閑の手に引かれて、神殿から退場する。しゅるると響く衣擦れの音。
どれだけ考えてももう引き返す道はなく、そうしたいと思う気持ちも自分の中にはないことに、琴音はそっと胸を撫でおろした。