身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~
店からさほど遠いところではない。ここならば、と思うところで立ち止まり、閑に連絡を入れようとした。
「琴音!」
閑が前方から小走りに近寄って来るのが見えた。それに手を上げて応える。閑の顔は少し険しくて、琴音は意味がわからず首を傾げた。
「閑さん?」
「店の中で待ってろと言ったのに。危ないだろう」
「ええ……?」
いくらなんでも、心配しすぎではないだろうか。
戸惑う琴音の手を握り、閑が来た方角へ取って返す。少し先に視線を向ければ、閑の車が暗闇の中に薄く見えた。
社用車ではなく閑の車だ。服も、スーツではなくシャツとジーンズというラフな格好になっている。一度家に帰って、それからわざわざ来てくれたらしい。
「お仕事の後なのに、ありがとう」
手を引っ張られながらそう言うと、一歩ほどの距離斜め前を歩く閑が振り向く。ちょっとだけ笑ってくれた。
「酒を飲んで、夜中に独り歩きなんてさせられない」
「過保護です。この年になって、今更」
もうすぐ三十路という年齢だ。夜遅くに帰宅することなんて数えられないほどあったのに、こんな対応をされてしまうと慣れない上に照れくさい。
しかし、そんな琴音の心情は閑には伝わらない。
「年は関係ない。ほら、乗って」
助手席に押し込められ、それからすぐに閑も運転席に乗り込んでくる。