身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~

 それが、何がきっかけであそこまでの言い合いになったのか。琴音に、あんな悲痛な声を出させるようなことになったのか、俺は途中からしか聞けていなかったが。

 通話口の向こうで、微かに可乃子が息を飲む音がした。

「……しばらく、琴音に近づくな」

 もう二度と、あんな風に琴音を刺激して欲しくなかった。胎教にも良くない。何より大事な時期で、大切に互いの気持ちを育みたい。
 琴音の前でこれを言えば、彼女が気に病むかもしれない。だから、敢えてあの場では言わなかったが。

『いつまで?』
「わからないが、最低でも出産が終わるまでは近寄るな」
『……琴音がそうして欲しいって?』
「違う。俺がそう思ってる」

 可乃子の声が、若干傷ついたようなものに聞こえた。だが、これだけは譲れないし、可乃子に今接触するのは俺と可乃子自身の為でもあった。
 今は冷静になれない。接触すれば可乃子に対する嫌悪感が増長してしまいそうな気がした。
 可乃子の返事がなく、数十秒の沈黙が続く。焦れてもう一度念を押そうとしたときだ。

『……本当に、琴音のことが大切なのね』

 ぽつりと通話口の向こうから聞こえて、即座に答えた。躊躇いもなくつかえることもなく出た言葉だった。

「ああ、愛してる」

 先ほど、琴音にも伝えた言葉だ。声に出せば出すほど、胸に沁みた。

「いつからそう思っていたのかわからない。だが、今はもう愛してる」

 本当に、いつからだろう。元をたどればずっと昔からかもしれないが、確かなのは再会してからずっと、その気持ちは確実に心の奥で育まれていたということだった。

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