【完】俺がどんなにキミを好きか、まだキミは知らない。
「ううん。それより制服濡れちゃってる!」


プリーツスカートのポケットからハンカチを取り出した藍田さんは、俺の脇腹あたりをごしごしと拭いている。


毛先がウェーブしたポニーテールがふわりと揺れて、なんかいい匂いが鼻先をかすめた。


「もう大丈夫だから……」


一歩下がる俺に「でも」と顔を上げる藍田さん。


目が合えば彼女の方が先に目をそらす。



そういう恥ずかしそうな顔って、どうなの。


二重のぱっちりした目に、色素の薄い瞳。


雪みたいな色白の肌と、すぐ赤くなる頬が好きだったなと思い返して、やっと俺も視線をずらした。


「こんなのそのうち乾くし、もういいって」


調子が狂う。
藍田さんっていうのは、昔からそうなんだ。


女子に苦手意識なんてものはないはずなのに、藍田さんとだけはうまく話せない。




「おはよう」「いま何時?」「次の授業なんだっけ?」
この程度の会話さえ、心の準備をして言った。



今だってそうだ。

言葉が先にでることなんか絶対にない。

考えてから数秒後、やっと言葉になる。


こういうのを、緊張って呼ぶんだろ。


十数年の時をかけても、いまだ俺は、藍田さんとうまくやれない。



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