【完】俺がどんなにキミを好きか、まだキミは知らない。
もうあたしの家が見えてきた。



「藍田さん、―――――――」


遠くから聞こえる救急車のサイレン、すぐ傍の川の音、車が水たまりを跳ねる音。


灰野くんの声は小さくて、その全部にかき消された。



「何か言った?」


「ううん、くだんないこと」


「そっか」


「ついたね。傘ありがとう」


丁寧に水を切った傘を受け取った。


「おくってくれてありがとう。タオル洗って返すね」



手を振って別れたあと。


付き合ってた時、灰野くんの背中をずっと目で追っていたっけ。


そしたら灰野くんは、毎回一回だけこっちを振り返ってくれたんだよなぁ。


それを合図みたいにして、家に入っていた気がする。


灰野くんの背中、歩き方、全部が好き。


あ。と思った時、


灰野くんは、くるっと踵を返して、あたしを見た。


小さく手をふる灰野くんの唇が「なつかし……」と動いた。





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