金環食をきみに
「えー、普通にプラチナがいいよ」
ジュエリーショップの前で、橙子(とうこ)は眉間に皺を寄せて主張した。
「ありきたりじゃん、プラチナなんて。金の方がゴージャス感があっていいじゃん」
俺も負けじと言い張る。
ショーケースの前で、店員の女性が困ったように俺たちを見守っている。


6年の交際期間のほとんどを一緒に暮らしてきた俺たちがようやく重い腰を上げて籍を入れることにしたのは、双方の親にせっつかれたからだった。
俺の母は胃がんを経験しており、橙子の父は心臓を患っていた。このままでは孫を抱くどころか結婚式にも列席できないかもしれないと、週末のたびにどちらかの親から嘆願するような電話やメールが入るようになっていた。

「じゃあ…まあ、次の休みにでも区役所行くか」
「…そうだね、行こっか」
煮物のにおいの漂ういつもの食卓で、なんのロマンもなく俺たちは結婚に合意した。
みんなそんなものだろうと俺は思ったし、橙子もそう思っていたに違いなかった。
道行く人々を巻き込んでプロポーズしたり、豪華は薔薇の花束を贈ったりするのなんて、ごくごく一部の変わった人間なのだ。
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