女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
財布を持って再び姿を現したアイリーンを見るなり、しおれかけの植物が息を吹き返したかのように、青年は表情を輝かせた。

アイリーンは財布を渡したあとで、青年に事の顛末を話し、最後にこう言った。

「どうか、このお財布を盗んだ者を咎めないでください。彼らは皆貧しくて、食べるものを手に入れ、家族を養うのに必死なのです」

真摯に懇願するアイリーンを、青年はしばらくの間じっと見つめていた。だがふと花が綻んだかのように微笑むと、財布から札を抜き取りアイリーンの掌に置いた。

「祖母の指輪を返してもらったら、それで充分です。このお金は、彼らに渡してくれませんか? そもそも僕は、この街の孤児院に寄付をしに来たのですから」

その孤児院で自分は働いているのだと告げると、アイリーンと青年の仲は急接近した。それを機会に青年はたびたびアイリーンの勤め先を訪れるようになり、互いのことも知るようになった。

青年は、ブライアンと名乗った。社交界でも名の通った、オズモンド伯爵家の次男だった。けれども家督は兄が継ぐため、自分は好きなように生きているのだとブライアンは笑った。

一方のアイリーンは、爵位などあってないような、没落男爵家の一人娘だった。アイリーンの家はかつてはそこそこ裕福だったが、祖父が事業に失敗し多額の借金を抱えたのを機に、みじめな生活を送っていた。

そのため、アイリーンは物心ついた頃から孤児院で働き、わずかながらの給料を家計の足しにしていた。年頃の娘に、結婚相手はおろか、煌びやかなドレスすら用意してやれないことを両親は日々嘆いている。

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