しずくの恋
「じゃ、次はこっちの列でみんなと一緒に稽古に混じって」


私達も稽古の列へと促されたけれど、
心はすっかり上の空になってしまった。


そのタイミングで吉川さんが手をあげた。


「館長、ここで先に失礼します!」



そう一声かけると吉川さんはくるりと振り向き、私たちに笑顔をみせた。


「すみません、私、今日はここで失礼します!

空手、ストレス発散にもなるし、すごく面白いので
興味を持ったら是非また来てください!

って、じつは私も今は休会中なんですけど」


そう言いながら明るく笑った吉川さんに
琴ちゃんが頬を紅潮させてたずねる。



「吉川さん、次はいつ道場に来ますか?」


すると、頬を緩めて目をくるくるさせながら吉川さんが答えた。


「実は私もこの前本当に久しぶりに遊びに来ただけなんです。

また稽古に通いたいとは思っているんですけど。
だから、いつ来られるのかわからなくて。

でも、今日は一緒に稽古できてすごく楽しかったです。
ありがとうございました!」


はきはきとそう言った吉川さんは、
私たちに頭を深く下げると、道場の出口へと向かった。


吉川さんが、館長と言葉を交わしている姿が視界に入る。


すると、流山くんが、自分の稽古の列を離れて
更衣室へと向かった吉川さんを追いかけた。


「颯大が稽古中断するなんて珍しいな」

そんな声が聞こえてきた。

「そりゃりり花だから」

「そうだな、この前も…」


その会話に、気持ちがさらに沈んでいく。




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