不死身の俺を殺してくれ
「お店、何処がいいですか?」
「えっと……。八重樫くんのおすすめで」
会社を出た後、すっかり暗くなった夜道を二人は並んで歩きながら、これからどの店へ向かうのかを決めかねていた。
八重樫は自身の腕時計を眺め、時間を確認する。微妙な時間帯だった。お洒落なカフェはすでに営業を終えている店が多く、かといって、バーなどの酒が提供される店は、まだ営業を開始していない。
「おすすめ、ですか……。今の時間帯だと、バーとかはまだ開いてないだろうし……」
「あ! 今日はお酒飲まないつもりだからバーとかじゃなくて……えっと、いつも通りに……居酒屋にでも」
「……そうですね、背伸びしても仕方ないですもんね。居酒屋に行きましょうか」
さくらの一声に八重樫は頷くと、居酒屋へ直行することになった。
居酒屋とは言ったものの、お互いにじっくりと腰を据えて話をするならば、個室の方がいいと、大手の居酒屋チェーン店に入店した。
「前にもこんなことがありましたよね」
八重樫は、おしぼりで手を軽く拭きながら世間話を振る。
「あったね。あの時は確か……私から誘ったのよね」
この状況に何故か既視感を覚え、さくらは追憶に馳せる。あの時の自分は我ながら、色々と突っ込みどころ満載の言い訳をしていた。だけど、八重樫くんは疑うことなく、私の話を聞いてくれたのを思い出すと、ちくりと胸が痛んだ。
「何頼みますか? 今日は、お酒飲まないって言ってましたけど」
「……私はウーロン茶にしようかな。八重樫くんは?」
メニュー表を眺めていた八重樫は、軽食コーナーのページで手を止めて、さくらに尋ねる。普段ならば、さくらの方が進んでメニューを取り決めるが、今日は嵐の前の静けさの如く大人しい。その為、八重樫が然り気無く進行をリードする。
「いえ、俺も今日はやめておきます。じゃあ、後は適当につまめる物を注文しますね」
八重樫が手際よく注文を終えた後、二人の個室には静寂が訪れた。いつもよりも、あからさまに口数が少ないさくらに、八重樫は少し困ったような微苦笑を溢す。
「ウーロン茶ですけど、とりあえず乾杯しましょうか」
「そうだね。……乾杯」
届いたばかりのウーロン茶のグラスをお互いに、こつんと鳴らし合わせて、一口目を含む。
いつも通りに一杯目は生ビールの方が良かったな、なんて思っていると、さくらの胸裏を見透かしたように八重樫は問い掛けた。
「やっぱり、物足りないですよね」
「でも、たまにはお酒抜きで話すのもいいよね……ごめんね、私の我が儘に付き合ってくれて」