不死身の俺を殺してくれ
「それは違いますよ。ここに来たのは俺の意志です。だから、今は食事を楽しみましょう」
「そうね」
運ばれて来た料理を一通り食べ終えると、個室の空気は途端に重苦しい雰囲気を纏い始める。居酒屋にいるはずなのに周りの喧噪から、この場所だけが切り離されたような感覚がした。
覚悟は決めてきたつもりだった。でも、いざとなると躊躇いが邪魔をして、どう伝えればいいのか解らない。そうして重苦しい沈黙を切り裂いたのは、さくら自身だった。
「私……八重樫くんの気持ちには応えられないの。……本当にごめんなさい」
結局、私の口から出た言葉は至極単純なもので、誠意の欠片は一つも感じられなかった。
こんな言葉で、自分の好意を簡単に無下にされたなら、例えば私はどう思うのだろう。きっと、深く傷付いてしまうに違いない。
そんな言葉は聞きたくなかったと思ってしまうかもしれない。
それなのに彼は──八重樫くんは、最初から私の答えが解ったうえで、此処に来ていたのだと思う。
私の言葉を聞いた後、彼は少しの間を置いてから静かに、けれど清々しいほどに澄んだ声で、たった一言だけ「はい」と応えた。
「……正直、まだチャンスはあると思っていたんです。正式にさくらさんに告白をしたわけではなかったので。でも。もう、遅かったみたいですね」
「…………」
さくらは八重樫の顔を直視することが出来ずに、俯いたまま声に耳を傾ける。返す言葉は何も出て来なかった。
煉が好きだと気付いた時から、いずれ八重樫くんを深く傷付けてしまうだろうことは解っていた。それでも私は、穏やかな彼よりも孤独を生き抜いてきて彼を選んだ。
その選択に後悔はしていない。
でも、出来るなら誰も傷付けたくはなかったと思うのは、私の身勝手な理想なのかもしれない。