不死身の俺を殺してくれ
 今さら後悔したって、時間は、相手の心は、もう元には戻らないことを知っている。

 区切りを着ける良いタイミングだと思えれば良かったのに、私にはまだそれが出来ない。

 八重樫くんは探すのを手伝ってくれると言っていた。でも、私は煉のことを何一つ知らない。手掛かりも何も無い。だから、諦めることしか私には方法が残されていない。

 退勤する為に会社のロビーを通り抜けようとしたとき、八重樫が一足先にさくらを待ち構えていた。

「雨、どしゃ降りなので、さくらさんは自宅で待機していてください。何か情報が手に入ったら連絡します。それじゃ、お先に失礼します」

「待って。どうして、八重樫くんがそこまでする必要があるの? これは私の問題よ」

「……そうですね。これは、さくらさん自身の問題です。でも、俺はこの問題を解決してからじゃないと、さくらさんに真正面から告白出来ないじゃないですか。だから、その為にも俺は、その煉って人を探さなきゃならないんです」

 真っ直ぐさくらを見つめる八重樫の瞳には、最早何の迷いも曇りもなかった。そこに有るのは、ただ一人。男としてのプライドを賭けた、強い意志を秘めた心からの決意だけだった。


 さくらが会社から帰宅をしても、やはり煉の姿は何処にも見当たらなかった。闇のように暗い部屋だけが視界を覆う。

 煉がいつも此処に居るという安心感が、何時しかさくらの心をこんなにも大きく支配していた。

 『ただいま』の一言に、無愛想ながらも応えてくれる煉が恋しい。

 毎日会社から疲れて帰宅し玄関の扉を開ける度に、煉の作った美味しそうな夕食の香りが立ち込めていた。疲れを癒してくれていた、その香りさえ今は無い。

 毎晩、繰り広げられていた冷蔵庫前での攻防戦も、飲み過ぎだと、お酒を取り上げられる、やり取りも。全部が全部、とても大切な日々で楽しかった。

 その全部を失ったことが、酷く悲しくて、寂しい。

 どうしようもない程に、私は我が儘で、煉という相手に依存していたんだと思い知らされた。

 八重樫くんは自身の心を傷付けてまで、この豪雨の中、煉を捜している。

 自分だけが一人、悲しみ悩んでいる場合ではない。だから──。

「私も探さなきゃ……」

 さくらは思い直すと、何も持たずに部屋を飛び出した。

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