不死身の俺を殺してくれ
 雨脚は帰宅した時よりも強まっていた。傘を差すことすらせずに、さくらは一心不乱に街中を駆ける。奇妙なものを見る街中の通行人達の視線が無数に突き刺さった。

 だが、さくらはそんな些末ことを気に掛けている心の余裕すら残されてはいない。

 雨を吸い、水分を含んだ服が重さを増していく。駆けて火照った身体の熱が奪われて、寒気を感じ始めていた。

 多分、煉はきっと、あの場所にいる。

 さくらには一つだけ、煉の居場所に心当たりが有った。そして、その場所に煉はいるような気がしたのだ。

「八重樫くん、聞こえてる? 私、今からビルの路地裏に向かうわ。もしかしたら、煉はきっとそこにいると思うの。場所は──」

『分かりました。俺もその場所へ向かいます』

 全力で駆けながら、携帯電話で八重樫に連絡を取る。緊迫した空気を通話越しに感じ取った八重樫は、返事をした後自身もその場所へと急行した。


 私が初めて煉と出逢った場所。全身血だらけで、ゴミの中に紛れ倒れていた、あの場所。

 さくらの体力は、容赦なく降り続ける雨と全力疾走のお陰で最早、限界を越えていた。

 身体が震えているのは、寒気を感じているからだろうか。それとも、現実を目の当たりにするのが怖いからだろうか。

 さくらは深呼吸をすると、ゆっくりと路地裏へと歩みを進めた。

 そこで、目にしたのは──。

「う、そ……」

 腹部から流血している煉の姿だった。

 煉の身体から大量に溢れ出す鮮血は、雨で濡れたアスファルトに大きな血溜まりを作り出していた。雨と血液が混ざり合い、滲みを拡げていく。

 さくらのパンプスの爪先に、薄れた煉の血液が侵食する。

 煉、貴方は死んでしまうの? 私を置いて、勝手に何処かへと行ってしまうの?

 お願いよ、煉。

 私を置いて、勝手に何処かへ行かないで。

 ──私を独りにしないで。

「煉……煉、ねぇってば、起きて……。置いて行かないで…………。私を置いて行かないでよ…………いやああああああっ!!!!」

 さくらの悲痛な叫声が降りしきる雨の中、木霊した。

「さくらさんっ!! なっ! これは……一体どういう……」

 さくらの悲鳴を聞き駆けつけた八重樫は、悲惨な現状に言葉を失う。

 酷く取り乱しているさくらを必死に宥めながら、八重樫は救急へ連絡を入れる。今ここで、自分までもが取り乱してしまっては、助かる命も助からなくなってしまうかもしれない。

 そんな恐怖が、八重樫の冷静さを辛うじて繋ぎ止めていた。
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