メガネ王子に翻弄されて
第十一章

〇ゆり子のマンション・玄関内(夜)
突然の出来事に驚き、目を開けたままキスされるゆり子。

望月の唇が離れても放心状態。

望月「タクシーを待たせているので、これで帰ります」
ゆり子に優しいまなざしを向ける。

望月の声を聞き、ハッと我に返るゆり子。
ゆり子「あ、はい」

ドアを開けて外に出た望月がゆり子に向き直る。
望月「きちんと戸締りしてくださいね」
ゆり子「……はい」

望月「おやすみなさい」
ゆり子「おやすみなさい」

ドアがパタンと閉まり、鍵を閉めるゆり子。

〇同・玄関外
鍵が閉まる音を聞いた望月が、通路を進む。

〇同・玄関内
鍵を閉めたまま、動けないゆり子。
ゆり子(えっ? なに?)
と、パニック。

望月とのキスが、頭によみがえる。

ゆり子(私、望月くんとキスしちゃった……)
ヘナヘナと座り込む。

ゆり子(なんで? どうして? 私にキスを?)
明かりの消えた玄関先で考え込むゆり子。

ゆり子(だって彼には、野口さんという彼女がいるのに……)
望月と触れた唇に手をあてる。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(朝)
ゆり子「おはようございます」
望月「おはようございます」
にこやかに微笑む望月を前に、足が止まるゆり子。

× × ×
突然の出来事に驚き、目を開けたままキスされるゆり子。
× × ×
望月とキスを交わしたことを思い出すゆり子。

ゆり子(夢、じゃないよね……)
望月の唇を見つめながら、立ち尽くす。

望月「香山さん? どうかしましたか?」
ゆり子の様子がおかしいことに気づく望月。

ゆり子「う、ううん。なんでもないです」
顔を引きつらせながら席に着く。

望月「金曜日のことなんですけど……」
ゆり子「……」
お互い様子を探るように見つめ合っていると、ドアがカチャリと開く。

橘「おはようございます!」
慌てて視線を逸らすゆり子と望月。

ゆり子「おはよう」
望月「……おはよう」
橘に挨拶したゆり子と望月が、始業の準備に取りかかる。

しばらくすると、ゆり子のパソコンに望月からのメールが届く。

メールを開くゆり子。そこには望月からのメールが。
【キスしたこと、怒ってますか?】

驚いたゆり子が顔を上げると、望月と視線が合う。

ゆり子がキーボードを叩く。

望月のパソコン画面には、ゆり子からの返信が。
【望月チーフは野口さんと付き合っているんでしょ?】

ゆり子のパソコン画面。
【彼女とは付き合ってません】

目を丸くして驚いていると、ドアがカチャリと開く。

野口「おはようございます」
と、オフィスに入ってくる。
望月「おはよう」
野口に挨拶する望月。

ゆり子「おはよう」
ハッと我に返ったゆり子があかねに挨拶を返す。

× × ×
あかね「香山さんが知らないようなので教えてあげますけど、あかねと望月チーフは結婚を前提にお付き合いをしてますので」
× × ×
市原「なあ、あれってメガネ王子じゃないか?」
ゆり子「えっ?」
足を止めたゆり子が市原の視線の先を追うと、そこには腕を組んで歩く望月とあかねの姿が。
× × ×
トイレであかねに言われたことと、望月とあかねがふたりでいる姿を目撃した時のことを、思い出すゆり子。

再びキーボードを叩く。

望月のパソコン画面。
【どうして嘘をつくの?】

ゆり子のパソコン画面。
【今夜、会えませんか?】

橘とあかねが始業の準備に取りかかるなか、見つめ合うゆり子と望月。

【了解】
と、キーボードを叩いたゆり子が、望月とやり取りしたメールをすべて削除する。

〇同・食堂(昼休み)
市原「香山!」
トレーを持つゆり子に気づいた市原が手を上げて、空いている向かいの席を指さす。
うなずいたゆり子が、市原の前の席に腰を下ろす。

市原「隆弘と久しぶりに会って、どうだった?」
ゆり子「思ったより平気だった自分に驚いた」
と、クスッと笑う。

市原「そうか」
ゆり子「うん」
と、ランチを食べる。

ゆり子「市原くんも隆弘と会ったんでしょ?」
市原「ああ。全然変わってなくて、ビックリした」
ゆり子「だよね」
と、笑う。

ゆり子「……私にきちんと謝ってから北関東支社に異動すればよかったって、隆弘に言われた」
市原「そうか」
と、うなずく。

ゆり子「うん。だから私もあの時、もっと怒って隆弘を責めればよかったって言ったの」
瞳を伏せる。

ゆり子「なんか三年分のモヤモヤがスッキリした。これでわだかまりなく、隆弘と仕事ができる気がする」
顔を上げてニコリと微笑む。

市原「そうか。それを聞いて安心した」
ゆり子「心配かけてごめんね」
ランチを食べながら笑い合う。

〇同・開発事業部オフィス(夕)
あかね「香山さん、今日はこれをお願いします」
ゆり子のデスクに書類をドンと置く。

時刻は午後五時四十五分。
ゆり子が望月に視線を向けるも、彼はパソコンを見つめたまま。

ゆり子(今夜、会う約束したよね……)

× × ×
ゆり子のパソコン画面。
【今夜、会えませんか?】
× × ×
望月とやり取りしたメールを思い返すゆり子。

ゆり子「ごめんなさい。今日は」
あかねに向き合った時。
望月「香山さん。今日は俺も手伝います」
と、席を立つ。

あかね「えっ?」
驚きながら声をあげるあかねを無視したまま足を進める望月。

ゆり子のデスクの上から書類を手に取った望月が席に戻る。

ゆり子「あ、ありがとうございます」
あかね「……」
ゆり子に渡した書類に手を伸ばしたあかねが、不機嫌そうに作業を始める。

橘「俺も手伝いますよ」
ゆり子「ありがとう」

ゆりこ(今日は四人で残業か)
口元を緩める。

〇野口不動産・外(夜)
残業を終えた四人が、自動ドアから外に出る。

あかね「望月チーフ! 一緒に帰りましょ」
と、望月に腕を絡ませる。
望月「……香山さん、橘。お疲れさま」
無表情の望月。

橘「お、お疲れさまです」
ゆり子「お疲れさまです」
と、駅に向かう望月とあかねの後ろ姿を見つめる。

橘「香山さん! 望月チーフと野口さんって、付き合ってるんですか?」
興奮しながら声をあげる橘。
ゆり子「そうみたいね」
と、うつむく。

× × ×
ゆり子のパソコン画面。
【彼女とは付き合ってません】
× × ×
望月とやり取りしたメールを思い返すゆり子。

ゆり子(嘘つき)
顔をしかめる。

橘「へえ、知らなかったな。そうなんだ」
ひとりで驚いている橘にかまわず、カツカツとヒールを鳴らして足を進めるゆり子。

橘「あ、待ってくださいよ!」
背後から橘の声が聞こえても足は止めない。

〇ゆり子のマンション・室内(夜)
ゆり子が濡れた髪を拭きながらバスルームから出てくると、インターホンが鳴る。

部屋の時計にゆり子が視線を向ける。時刻は午後十時。

ゆり子(まさか……)
慌ててモニターを見ると、そこにはスーツ姿の望月が。

ゆり子「やっぱり」

× × ×
ゆり子のパソコン画面。
【今夜、会えませんか?】
× × ×
望月とやり取りしたメールを思い返すゆり子。

ゆり子(たしかに会う約束はしたけど、こんな時間に部屋に上げるわけにはいかないし……)
戸惑っていると、インターホンが再び鳴る。

モニターに映る望月をじっと見つめる。
ゆり子(やっぱり無視できない)

ゆり子「はい」
と、応答。
望月『遅い時間に訪ねてすみません。少しだけ話せませんか?』

ゆり子(話すって、なにを? キスの言い訳なんて聞きたくない)
唇を噛みしめる。

ゆり子「ごめんなさい。今日は」
望月『五分。いえ三分でいいですから、下まで降りて来てもらえませんか?』

望月の真剣な声を聞き、心が揺れる。
ゆり子(ここまで言われたら、拒否できないよ……)

ゆり子「わかりました」
望月『ありがとうございます』
通話が終わる。

ゆり子(い、急がなくちゃ)

部屋着を脱ぎ捨て、ジーンズを履いてパーカーを羽織る。
そして鏡の前で濡れた髪を拭き、シュシュでひとつに束ねていると、あることに気づく。

ゆり子(ど、どうしよう。私、スッピンだ!)
頬に両手をあてて鏡の前で固まる。

〇同・エントランス
自動ドアが開き、ゆり子が姿を現す。

ゆり子「お待たせしました」
望月「いえ。遅い時間にすみません」
と、頭を下げる。

ゆり子「外でもいい?」
望月「はい」
明かりの下でスッピンを見られずに済んだことに胸を撫で下ろしたゆり子が、望月とともにエントランスから出る。

〇ゆり子のマンション・外
エントランスの明かりが届かない場所まで移動したゆり子が足を止める。

ゆり子「野口さんとのデートは楽しかった?」
望月「あれはデートじゃないです」

× × ×
あかね「望月チーフ! 一緒に帰りましょ」
と、望月に腕を絡ませる。
× × ×
残業を終えて、望月とあかねがふたりで帰ったことを思い出すゆり子。

ゆり子「へえ。じゃあ今まで野口さんと、どこでなにをしていたの?」

ゆり子(腹が立つのはどうしてなんだろう……)
キュッと唇を結ぶ。

望月「野口さんとは本当に付き合ってないんです。でも彼女からの誘いは断れない」
眉根を寄せる。

ゆり子「どうして野口さんの誘いを断れないの?」
望月「その理由は言えません」
ゆり子「……」
黙ったまま望月を見つめる。

望月「でもこれだけは信じてください。俺は好きな人にしかキスしません」
ゆり子を真っ直ぐ見据える。

ゆり子(私、昨日、望月くんにキスされたよね?って、ことは……)

ゆり子「えっ?」
目を丸くしていると、望月が距離を一歩縮める。

望月「髪が濡れてる。お風呂上がりでしたか?」
ゆり子「あ、うん」
シュシュで束ねたゆり子の髪の毛先に触れる望月。

望月「カジュアルな格好も似合いますね」
ゆり子「……」

ゆり子(恥ずかしい……)
望月の視線と褒め言葉を恥ずかしく感じたゆり子が下を向く。

うつむいたゆり子の顎に、望月の指先が触れる。
上向きになったゆり子に顔を近づける望月。

望月「それにスッピンみたいだし、かわいいです」
ゆり子「か、からかわないで……」
望月「からかってませんよ」

徐々に近づく望月の唇を見つめるゆり子。
ゆり子(だめだ。拒めない……)

望月がゆり子の唇を塞ぐ。

ついばむような望月のキスを、瞳を閉じて受け入れるゆり子。

望月のジャケットをゆり子がキュッと握りしめると、唇が離れる。

望月「風邪、引かないでくださいね」
優しいまなざしを向ける望月の顔を真っ直ぐ見ることができない。

ゆり子「……うん」
うつむいたままうなずく。

望月「部屋まで送ります」
ゆり子「ありがとう」

望月がゆり子の手を握る。

ゆり子(温かくて大きな手……)

暗がりのなか、望月に手を引かれながらマンションのエントランスに向かって足を進める。


つづく

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