real face
シュウにぃが帰って来なければ、イチにぃが『お前ら付き合ったらどうだ?』なんて言わなければ、主任は私と付き合ったりしなかったんだろうか。
いつもは心地よくさえ感じるこの沈黙が、今日はちょっと苦しい。

マンションの前、いつもの別れる場所。

「主任、今日も送っていただきありがとうございました」

まだ離される気配がない私の右手。
自分から離したくはなくて、悪あがきと分かってはいるけれど、繋いだままの指に少しだけ力を入れてみた。

「……名残惜しい?」

主任の悪戯っぽい視線を受けて、急に恥ずかしくなった私は、手を離そうと指の力を抜いた。
だけど今度は逆に力強く握り返された。

「えっ…………?」

思わず繋ぎとめられた手をじっと見つめる。
これは……。

「悪い。名残惜しいのは俺の方だ。まだ時間あるか?」

もしかして、また公園に誘ってくれるのかな?
だけど今日はなるべく早く帰るようにって母に言われていた。
どうしてなのか理由は最後まで教えてくれなかったけど。

「すみません。今日は早めに帰るように言われてるんです。シフトは入ってないんですけど」

「そうなのか。じゃ最後にちょっとだけ、目を閉じて」

え!!
ま、まさか?

急速に高鳴る鼓動。
繋いだ手から伝わってしまいそうで、なお一層ドキドキが加速する。

「は、はい……」

私ったら、いつから佐伯主任に対してこんなに従順になったんだろう。
本当に調子狂ってる、私。
目を閉じると私の心はリミッターが振り切ったように制御不能となる。

「………………………!!」

お、お、おでこ……に、キス。
しかもほんの一瞬だけ。

閉じていた目を開けると、ドヤ顔の主任。
こ、これもレアだよね?
また写真取り損ねちゃったな………って!

「ん?物足りないって顔してるけど」

「そんなことありません!おでこにしてもらったのも初めてだから嬉しいに決まって…………あっ」

もうっ、私のバカぁ。
思いっきり本音スイッチ入ってしまってる……。
頭が沸騰したようにクラクラしてるけど、自分の顔が真っ赤になってるだろうことだけは自覚できた。

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