【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~

「こんばんは」


裏口から顔を出すと、「おやっ、ヨシ、如月ちゃんが来てくれたわよ」って、
ハツさんがアタシを迎え入れてくれた。


「あっ、如月さん。心配したんですよ。
 店長や奥さんは、心配しなくていいって言うけど、連絡もつかないし。
 如月さんのお友達も誰か訪ねてきてましたよ。ちょっと、不良っぽい人って言うか」

「あぁ、笑愛ちゃん有難う。
 澪とはちゃんと会えたから。ごめんね」

「んで今日は、時間は大丈夫なのかい?
 先日、新田さんと一緒に、何時も来てくれるお兄ちゃんが来てね。

 如月ちゃんが今日はバイト入ってるかって聞くもんで如月ちゃんのシフトの説明をしたら、
 ヨシさんとたまげたわよ。

 あのお兄さんが、如月ちゃんと結婚するって言いだすものだから」


あのお兄ちゃんが、光輝さんだと言うことはもう想像できる。



「すいません。急に決まって、連絡することも出来なくて。
 今日も、このままバイトを続けるのは難しいかなーって、
 僅かなお詫びの品と一緒に、退職願を持ってきたんです」


そう言って、菓子折りと退職願を手渡した。


お菓子は受け取ってくれたけど退職願は、中も読まずにヨシさんが破り捨てる。



「退職願は受け取らないよ。
 如月ちゃんは、わしらにとっても孫みたいなもんだ。
 何時までできるかわからんが、ハツさんと待ってるから、顔出せる時に見せなさい。

 ほらっ、今日も持ってけ。旦那さんと食べろ」


そう言って、紙袋一杯のおかずをヨシさんは持たせてくれた。
ずっしりと重い紙袋を受け取って、アタシは深々とお辞儀をしてお店を後にした。



皆の優しさに触れるたびに、ボコボコにされたくなる天邪鬼なアタシが顔を見せる。
アタシの足はマンションの方角じゃなくて、繁華街の方へとふらふらと向かいだす。


人が多い狭い道を歩きながら肩が誰かとぶつかった途端、
ヨシさんが持たせてくれた紙袋が、指先から離れて地面に落ちる。



「おいっ、てめぇ。何処見て歩いてんだよ。
 服が濡れたじゃねぇか。どうしてくれんだよ」


チンピラ風な男が言いよってくる。

そんな男に向かってアタシは謝るでもなく睨みつける。


「何、睨んでんだよ。
 けど……良く見たら、いい顔してんじゃねぇか……」


そう言いながら、男はアタシの腕をがっしりと掴む。


「お前には謝罪もして貰わないといけないしなー。
 この服、たけぇーんだよ」


そう言って、更にいいよってくる男を怒らせるようにアタシは股間に向かって自分の足を蹴り上げる。


男のスキが出来た途端に、男の腕から抜け出す。
痛みに悶えた後の男は次の瞬間、懐からナイフを取り出してアタシに切り付けてくる。
刺されるっと思って覚悟した瞬間、その衝撃はおとずれず、かわりに地面にナイフが転がる音が響いた。

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