【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~

嫌われたくない。



これ以上、アタシ自身の居場所を失いたくないから、
『アタシは家族が嫌いなんだ』と自分自身に暗号をかけるように言い聞かせて、
家族から距離をとった。



そして……行く当てもない思いを発散させるために、
あの頃から歌いだしたんだ。


心の悲鳴を吐き出すように。
誰かにアタシのSOSに気が付いてほしくて。



それは尖ったフリをしたアタシの精一杯の虚勢。



最初は学校内の屋上で一人歌ってた。


寮生活が終わった後は自宅から通学が可能になったのに、
【社会経験がしたいから】なんて言う理由をつけて、
お小遣いでためてた貯金を使って一人暮らしをするアパートを借りた。


実家から電車で二駅くらいの場所に借りたアパート。


ばぱぁは、その頃にはアタシに何て興味はなくて星奈と陽奈にかかりきり。


アタシの寮からアパートの引っ越しには、
父親だけが手伝ってくれた。



ババアの代わりに毎週のように寮で生活していたアタシに会いに来てくれてた、
大好きなばーばが亡くなった後は、唯一、アタシを受け入れてくれている。


そんなふうに感じられたのが、
父親のいざと言うときの存在だった。



それだけでも嬉しい。


本当は嬉しかったんだよ。


だけど……ぬくもりが欲しいガキのアタシには、
そんなものじゃ満足しないの。


時折、恰好よくなるヒーローじゃなくて、
ずっと恰好いいヒーローの方がいい。


だけど父親は、婿養子でババアとジジイの家に入ってきた人間だから、
いつも二人の顔色を窺って生活してた。


そんな父親が、凄く情けなくて許せなかった。

 

本当は顔色なんか見なくても、
堂々とアタシの砦でいて欲しかった。


亡くなった、ばーばみたいに。



そんな思いを抱えながら、寮生活を終えて通学期に入った頃からは、
公園や河川敷で歌い始めた。


そしてストリート。


あの場所で歌い始めたアタシの前に、何時の間にか寄り添うように現れたのは真梛斗。

アイツだった。


アイツはアタシの前にいきなり現れて、
ずっと寂しかったアタシの心に、温盛をもたらしてくれた。


アイツと出逢って、アタシの心は満たされるようになった。


真梛斗と出逢って、アタシは笑えるようになった。
真梛斗が与えてくれる全てがアタシの存在意義なった。



そして……あの日、テレビのニュースで知った。





今日、午後。
〇〇区〇〇の交差点で車が突っ込み、通行中の歩行者を次々とはねました。
死亡したのは……





女性キャスターが淡々と話すその声が告げた、
真梛斗の名前。


その場所はアタシと真梛斗が出会った交差点で……。



いても経ってもたまらなくて、
アタシはアパートを飛び出してあの場所へと向かった。


警察の規制が緩和されていなくて、
その場所に踏み入れることは叶わなかった。



突然失った存在意義。



何度も何度も電話を続ける、唯一の連絡手段。

だけどその電話が繋がることのないまま、
何日にも何日も時間だけが過ぎて行った。


そして何時しか、アタシもアイツのスマホに電話をするのを諦めた。
今も消せないまま、静かに電話帳の中で静かに眠ってる。


そう、アタシにずっと温盛を与え続けてくれたアイツとアタシを繋いでいたものは、
アイツがアタシに教えてくれた携帯番号とメールアドレス。そしてSNSのID。


そしてアタシの耳元に存在感を示す、アイツの血が閉じ込められたピアスが一つ。
それが、アイツがアタシの前で生きてた証。


それ以外は何の繋がりもなかったんだ……。


真梛斗の住所も家族も……どんなふうに生活してきてたのか。
アタシは何も知らない。


その現実だけが重くのしかかった。


一人取り残された孤独。


だけど……そんなだから、ニュースで知らされた人は、
地球上に一人はいるかも知れない同姓同名のそっくりさんで、
アタシの真梛斗じゃない気がして。
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