【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~


「せっ……先生がアタシの処置を最初にしたの?」

「先生っ……かぁ。

 まぁ、患者にとっては先生ってことになるのかな。
 オレも。

 君が一綺や由毅のところの人間たちによって海で発見された時、
 オレもまたあの海に居たんだ。

 あの海は、オレが真梛斗と一緒にサーフィンしてた場所だからな。

 オレがもっと早く気が付いてたら、
 心肺停止になるのを防げたのかもしれないけどな。
 
 悪かったな」


そう言って、大夢さんは俺に頭を下げる。


「大夢さんの責任じゃないです。

 むしろ、俺は如月を助けてくださった大夢さんに
 どれだけ感謝してもしきれません。

 大夢さんの最初の処置がよかったから、
 今の如月が脳障害が出ることなく生きてるって、
 宗成先生からも裕真や一綺からも聞いてますから」


「まぁ、もう終わったことだ。
 
 光輝、お前の奥さんが助かってよかったよ。

 おっ、如月さんだったか?
 また退院したら歌うのか?」


大夢さんのその言葉に、
ベッドの上の如月は複雑な表情を浮かべる。


「悪かったな。
 野暮なこときいて。

 でも学院時代、お前さんの歌、オレも嫌いじゃなかったぜ。

 体も心もお大事に。

 光輝、結婚式や披露宴するんだろ。
 日取り決まったら、連絡してこいよ。

 アイツらと盛大に祝ってやるから」



そう言いながら、大夢さんは病室から嵐のように去っていった。


大夢さんが居なくなってシーンとした病室に、
如月のクスクス笑う笑い声が響く。


そんな如月の笑い声につられるように、
俺も声を出して笑ってた。


「あぁ、凄い人。

 真梛斗ってば、
 あんな先輩に指導してもらってたんだ」


そう言いながら、如月は、多分、
うちの学院の独特のHBW制度を思い出していたのかもしれない。


HBW制度。

うちの学院の生徒たちは自立を促すために、
早くから親元を離れて寮生活を余儀なくされる。

だけど、その世界が視野の狭いものであってはいけない。

だからこそ、上級生と呼ばれるデューティーが、
下級生であるジュニアに指導しながらお互いに吸収、切磋琢磨できる
一綺の父親である現学院理事長、綾音紫【あやね ゆかり】様が一目おく、
当時の生徒総会メンバー。

櫻柳紫綺【さくらやぎ しき】様が導入されたシステム。



そんなHBW制度で繋がった絆が今も続いてる。


だからこそ、俺にも悧羅時代に面倒見ていた廣瀬紀天【ひろせ あきたか】が、
弟の瑠璃垣伊吹【るりがき いぶき】を連れて、
Ansyalと言うバンド活動と一族の経営で忙しい中、顔を出してくれた。


紀天は家の事情で昂燿に編入して、その後は竣佑のジュニアとして生活していたが、
それでも今も、アイツは俺にとってもジュニアに違いない。



「ねぇ、アタシさ。

 うちの学院も、デューティーやジュニアのシステムも、
 性に合わなくてどっちでも良かった。
 
 けど……さっきの二人見てたら、ちょっと羨ましいって思えた。

 あの制度も捨てたもんじゃないんだね。
 逃げずに正面から向き合おうとすればさ。

 アタシは、あの学院に入学したから、
 家で居場所がなくなったって勝手に思い込んでた。
 
 アタシの居場所を奪ったって憎んでるんだから、それ以上の愛着なんて、学校にも持てなくてさ、
 ただ卒業だけを夢見て流れるように過ごしてたんだ。

 でも本当は、あの家から自分で自分の居場所を奪っていたのかもしれないって、
 今は思ってる。

 アタシにも、アタシの居場所を自分の手でつかみ取ることって出来るのかな?」


そう言って問いかける如月に、俺はその手をとって間を開けることなく頷いた。


「大丈夫。

 俺がちゃんと居場所をあげるから」


そう言って、
アイツを布団越しにぎゅっと抱きしめた。



ちゃんとこれからのこと、考えてる。



如月が崩壊したと思っている自身の家族関係。

あれも、些細な糸が絡まってるだけ。

その糸さえ、解していけば自然と関係は修復される。



俺は一番近くで、その手助けをするだけ。
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