【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~

19.声 - 如月 -



アパートの荷物を片付けて、
月半ばで解約したアタシの小さな小さな自宅だった場所。


今まで有難うっと、小さく部屋に向かって声を出すと、
鍵をかけて大家さんの元へと返却した。


ブライダルエステ、
結婚式の打ち合わせ、
結婚式のおもてなしの準備。

そんな準備に追われ続ける日々。



結婚式は、受付で出席者に集まってもらうのから始まって、チャペルに移動。

チャペルでのお式を挟んで一時間半前後。

式場から外に出て、ブーケトス。

その後は、出席してくれる皆さんとの心ばかりのパーティー。
そんなスケジュールで予定していた。



結婚式は身内で。

そう言ってたから、
もっとこじんまりしたものになると思ってたのに、
招待状を送って、その返事を一つ一つ確認したら、
学院関係者の殆どが出席に〇をつけて返信してくれてる。


アタシが招待した人は、
親戚と美織と龍之介と澪だけだったのに光輝の招待客は果てしなく多い。


これも人脈。

アタシがないがしろにしてきた悧羅の絆かぁーっと思いながらも、
出席者リストを書き出して、一人一人、
あたりさわりのない文章をメッセージカードに書き留めていくなどの作業に追われ続けた。



だけどある程度のの作業が終わってしまうと、
アタシは時間を持て余してしまう。


時折、ギターに手を伸ばしてはケースから取り出して、
軽く弦を弾く。


そして部屋の外を様子見ては、三橋が買い物へと出掛けたタイミングで、
部屋に引きこもって、ギターの弦を思うままにはじいていく。




あぁ、懐かしい。


懐かしさの中に気持ちが乗ってきたところで、
ゆっくりと声をコード進行にあわせて乗せてみる。


ようやく出して見た声は、
【歌声】と言うにはほど遠い、小さな音だった。




昔、居場所を求めるように吐き出し続けた歌の数々。

だけど全てが満たされてしまっている今のアタシには、
歌おうと構えても、声がのらない。


絞り出すように歌い始めてみても、
詰まったように声が出なくなる。


そんな時間の繰り返しだった。



歌は好き。

今も昔も、
アタシ自身の心を吐き出させてくれるから。


だけど……心は幸せで、
こんなにも満たされているのに、
甘ったるい歌を歌うことには抵抗があった。

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