【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~


結婚式の準備をして、
幸せを噛みしめてるアタシ。



ずっと求め続けていた、
アタシの居場所が見つかった嬉しすぎて小躍りしてしまいそうなアタシ。



だけど……そんな幸せに満ち溢れた歌を歌うのは、
アタシじゃないような気がして。


イメージが違う。

こんなの、ストリートミュージシャンの狭霧じゃない。
そんなふうにうつる。



それと同時に、
今のアタシは三杉財閥の次期後継者候補の妻と言う立場で、
そんなアタシが、
ストリートミュージシャンなんてやっていいのかも躊躇われた。



アタシだって、一応、
それくらいの分別はあるつもり。



だったら、アタシが理想とする狭霧の歌が歌えないアタシなら、
いっそ、もう歌わない方がいいような気もして……。


グルグルとした思考が、
何度も何度も、反芻していく。



どれだけ考えても、答え何て出るわけなくて、
踏ん切りをつけることも出来ないアタシは、
光輝も三橋もいない、誰も居なくなった自宅で、
ひっそりと自分の部屋に引きこもって、
ギターを奏でて、自分自身が受け入れられない歌を紡ぐ時間が続いた。



何度も何度も、
歌ってみるものの納得できる形にはならない。



狭霧はもっと心からの訴えをしないといけないの。


餓えた形で、
吐き出すように歌わないと。


それが今までアタシが形成し続けた狭霧スタイル。


なのに今のアタシは、
餓えるどころか満たされてしまっているから、
どう頑張って餓えたようには歌えない。



そうこうしている間に、
部屋の外で物音が聞こえて、
慌ててギターを片付けて、何事もなかったかのように、
部屋から外に出て三橋の元へと近づく。



「どうなさいましたか?奥様」

「喉が渇いたの。
 お茶、もらっていい?」


そう言って、
冷蔵庫をあけてグラスにお茶を一気に注ぎ込むと飲み干した。



「ねぇ、三橋はアタシが晩御飯を作ってみたいって言ったら笑う?」


思い切って、切り出した言葉に三橋は
「いいえ。三橋は応援いたしますよ」っと微笑んでくれた。



その後は、歌から逃げ出すように、
奥様の務めを果たしたいと、慣れないキッチンで格闘する。


皮むき器で、じゃがいも皮だけじゃなく、
自分自身の皮をむき、出血させるアタシ。


そんなアタシを見つけては、
すかさず、手当をしてくれる三橋。


今度は、皮をむいた野菜を切るときも、
危なっかしい手つきでザクザクと包丁を動かすアタシをひやひやしながら見守ってくれた。


そして今は……スパルタ応援団。

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