婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
奥の部屋から車椅子を押してひとり出てきた洋司さんは、私がここで働き始めて一年が経つ頃に入所されてきた利用者さん。
入所するのに莫大な金額が必要な有料老人ホームだけれど、洋司さんはその中でも特別室に住んでいるVIPな方だ。
少し裕福程度では特別室での生活は送れない。
こういった施設での生活を送りながらも、洋司さんはいつも身なりを整えきちんとされている。服装も髪型も気にされ、清潔感があるのだ。
その上、スタッフが話題に出すほど紳士でダンディーな方。
お若い頃は間違いなくイケメンだったのだろうと、みんなが噂している。
「里桜ちゃんは、今日もお疲れ様」
「はい。また週明け、来週は夜勤できますね」
「ああ、待ってるよ。そうだ、いつものやつ」
洋司さんは着ているシャツのポケットに手を入れ、取り出したものを私へと差し出す。
「あっ、嬉しい……! いいんですか?」
そこには大粒の黒飴がふたつ、洋司さんの手の平に載っていた。
「いいよ、内緒でどうぞ」
「ありがとうございます! 黒飴、仕事後の身体に染み渡るんですよね~」
喜んで受け取った私を、洋司さんは穏やかな笑みで見つめる。
もう一度お礼を言い、食事に向かう洋司さんを見送った。