捨てられる前に捨てましょう
「行かせない」

「な、何言って……」

軽薄ないつものアディらしくないその様子に、私は戸惑いながらも起き上がろうともがく。

だけどアディに捕まれた腕はびくともしなくて身動きできない。

アディとは何度か手合わせをしているけれど、こんなに力が強いだなんて知らなかった。

今までだって一度も勝てなかったけど、これ程圧倒的な差があるだなんて……。

今までになかった恐怖のようなものを覚え、私は声を出すことも出来なくなった。

そんな私にアディが言う。

「そんな非力じゃ役に立たない」

悔しいけれど、言い返せない。だけど頷く訳にはいかない。

「お前は俺が守るから、ここから動くな」

黙ったままでいるとアディの顔が近づいて来た。お互いの息遣いを感じる程の距離に私は混乱に陥りそうになる。なんでこんなことに?

ふわりと唇を塞がれた。ドクリと心臓が音を立て私はきつく目を瞑った。

全身が緊張に襲われ、息も出来ない。唇が解放されたた直後、扉の開く音がした。

私は起き上がれないままアディがいなくなった空間を見つめていた。

今の……何? こんな非常事態にアディはなぜ……。

酷く混乱して頭が回らなった。遠くで金属がぶつかり合う音と、野太い叫び聞こえる。

私も早く出ていかなくちゃいけないと思いながらも身体が動かない。

ここから動くなと言ったアディの言葉に捕らわれたように、何も出来なかった。



しばらくしてようやく身体を起こした頃、アディと御者が戻って来た。

ふたりとも無事な様子に心からほっとした。

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