【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
「受験勉強で無理してたし、抵抗力が落ちてたんだろうな。あとにも先にも、あんな高熱を出したのはあの一度きりだ」
「無事でなによりです……」
「ほんとにね。父は本人が頑健なのもわざわいして、水分補給にお茶を飲ませるほどの無知だった。買ってきた食事はしつこくて、俺の喉を通らない」
わかる。体調が悪いと、できあいの食べ物がいかに油っぽく味が濃いか気づく。
一臣さんは二種類のオムレツを食べ比べ、「どっちもいける」とうなずいた。
「父はひどく落ちこんで、しまいには、『母親がいればとこんなときだけあてにされ、母さんはどれほど屈辱か。自分が情けない』と嘆きはじめた」
「それで、生活の改善を……?」
「いや、彼にも同じ症状が出て、一緒に寝こんだ。泣き言の原因もそれだな。身体と一緒に心も弱くなってたんだと思う」
なにその結末。
がくっと来たのを隠さない私を見て、一臣さんが笑った。
「今考えると、お互い、たちの悪い風邪にでも引っかかったんだろうなあ。ふたりでひたすら回復を待ち、その後はもとの生活だ」
「生活能力のなさを恥じる話はどこへ行ったんですか」
「恥じはしたが、人間、そう簡単に変われたら苦労しない。でも少しは変化したよ、外でも野菜を食べる、とか。父も運動をしだしたり」
よかった。変化しないよりずっといい。コンビニ食暮らしを貫いていた私が言うことではないけれど。
「人間らしい人なんだ」
さっくりトーストされたパンと、ほんのり甘いポタージュがよく合う。私たちはお皿がきれいになるまで、食べる作業に無言で集中した。
やがて一臣さんが、スプーンを置いた。うつむきがちに口を開く。
「父も、やりたくてやったはずはない。言い訳に聞こえるだろうが、当時の父は一担当者だった。組織の決定に、どうやって抗えただろう」
心から同情しているような、苦しげな声だった。私は率直に、この父子の間の情を好ましく感じた。
「一臣さん」
「……うん」
「私たち、ちょっと時間が必要ですね」
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