【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
彼は力なく微笑み、うなずいた。
「きみは、俺の父を責めないんだな」
「生前の父の記憶があまりないからかもしれません。あったら、こんな冷静ではいられなかったかも」
「それはどうだろう」
テーブルの上で腕を組んで、首をかしげる。
しゃべっていたせいで、私のほうはまだ食事が終わっていない。慌てるそぶりを見せたらかえって気を使わせるので、そう見えないよう、なるべく急いだ。
「お父さんのことをおぼえていても、きみは俺の父の心情を、理解しようとしてくれた気がするよ」
パンの最後の一切れで、スープのしずくを拭い取って口に入れる。じっと私を見つめる目つきからして、急いでいたのはお見通しだったらしい。
私は口の中のものを飲みこんで、咳払いをした。
「買いかぶりです」
「そうかな」
一臣さんがふっと笑った。それから席を立ち、ソファの背にかけてあった上着のところへ行く。内ポケットを探り、封筒を手に戻ってきた。
中は知っている。というか私が折りたたんで、封筒に入れた。
婚姻届けだ。
今日、母とお父さまに保証人欄を埋めてもらうつもりで、レストランに持っていったものだ。
てっきり役所に取りに行かないと手に入らないものだとばかり思っていたら、インターネットで入手できると知って驚いた。
『行政も柔軟になったもんだな』
『A3サイズにプリントしないとだめなようです。プリンタは……』
『大丈夫。対応してる』
そんな会話を交わしたのがゆうべ。
遠い昔のことに思える。
同じ想い出を引き出しているみたいに、少しの間私と目を見あわせ、一臣さんはその封筒を、キッチンカウンターの上にある書類スタンドに立てた。
銀行やカード会社からの通知など、すぐには捨てられない封書やはがきを保管している場所だ。
私たちの関係が、“保留”となった瞬間だった。
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