優等生の恋愛事情
諒くんが話を振ってくれて、とりあえず一息。


「いろいろあるから好きなの選んじゃって」

「うん。ありがとう」


キッチンへ行くと、洗っていない食器がシンクとダイニングテーブルの上に一組ずつあって。

水切りカゴの中に一組だけ洗った食器が入っていた。

ふだんの彼の話から、三谷家の朝の様子を想像するのは簡単なこと。

諒くんは自分が使った食器を洗って水切りカゴへ入れたはず。

お父さんはとりあえずシンクへ下げて、お母さんは食べ終わったまんま。

たぶん、そんなところかなって思った。


「お茶系もあるし、砂糖抜きでよければ炭酸水もあるよ。そうだ!お中元でもらったカルピスもあるよ。なんかちょっと高級なやつ」

「それがいい!」

「じゃあそうしよう」


言うやいなや、諒くんは軽量カップを取り出した。


「えっ、ちゃんと計ってつくるの!?」

「ええっ!計らないの!?じゃあ、どうやって5倍に希釈するの???」

「どうって、適当に?」

「そっか、普通はそうなんだね……」

「いや、そんな全人生を否定されたみたいな顔しなくても」


(諒くんきっと、お料理とかも分量ばっちり計って作ってるんだろうなぁ)


「私、諒くんが作る正しいカルピス飲んでみたい」

「僕は聡美さんが作るのを飲んでみたいよ」

「正しい5倍希釈とどれくらい差異があるか検証したいとか思ってるでしょ?」

「氷、冷凍庫にあったと思うんだけどなぁ」

「スルーした!」


カルピスを作りながら、諒くんがふいに言った。


「さっき……」

「え?」

「へんなこと言ってごめん」

「あのっ」

「あっ、カルピスの作り方の話じゃないよ」

「うん、わかってるし」


なんとなく互いを見ないまま。

作業をする手をとめることなく、私たちは話をつづけた。


「僕、聡美さんが嫌なことや怖いと思うようなことは絶対にしないから」

「うん」

「だからその、気楽にしていてもらえたらと」

「うん」


(諒くん、気にしてくれてたんだ)


私ばっかり緊張して、私ばっかり空回りしてるって、そんなふうに思ってたけど。

それは思い違いだったんだ。


「カルピスもできたし。どうしようか? 何か映画でも見る? あ、ゲームもあるけど?」

「諒くんのピアノが聞きたいな」

「ええっ」

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