Fairy
路地裏に近づくにつれて、その音が鮮明に聞こえた。
ボキッと骨の折れるような音がしたり、ビチャッと、血液か吐瀉物かが、地面に吐き出される音。

恐る恐る建物の壁からそこを覗くと、暗闇でもはっきりと分かる、真っ白な髪をした男性の後ろ姿があった。




あの人だ。




そう思った瞬間、私は思わず後退りをしてしまった。
そのせいで靴が地面に擦れて、ザザッと音を出してしまう。その音が鳴った瞬間、白髪の彼は一瞬でこちらを振り向いた。
その綺麗な顔には、真っ赤な返り血が飛び散っていて。
それでも、変わらずに美しいままで。


でも、その場面を目の前にして。
私はさっきまで頭の中で唱えていた言葉を、言えなくなってしまった。





だって今、彼は私の目の前で人を殺していたから。





彼は私と目が合うと、返り血をつけたまま優しく微笑む。その光景に、私は昨日とは違う恐怖を覚えた。
そして彼は掴んでいた男の胸ぐらを離すと、笑顔のまま私の方へと近づいてくる。

投げ捨てられた男は、声も上げずにぐにゃっとその場に力なく倒れ込んだ。…多分、死んでる。

雨が彼の顔に飛び散った血を滲ませて、より恐怖を引き立てる。それでも変わらずに、綺麗な笑顔を浮かべた彼は、私へと足を進めた。
対して私は、恐怖で足がすくんで、その場から逃げ出せないでいる。


あの時は、逃げて警察に通報しよう、なんて考えていたけれど。そんなの無理だ、と思い知らされる。

そして彼は私の目の前にやってくると、そっと首を傾げながら屈んで、私と目線を合わせた。
何も言えないままの私を見て、彼は微笑んだまま口を開く。




『 待ってたよ。 』




待ってた…?私の、ことを?
どうして、そんなことを言うの?なんて。殺人現場を目の前にした今、私は何も考えることが出来なかった。
< 9 / 105 >

この作品をシェア

pagetop