Fairy
そう言えばさっき挨拶したんだっけ、してないんだっけ、と、曖昧なくらいに印象の薄い顔。




『 じゃ、乾杯。 』




男性は私と同じグラスを持ち、カチンと音を立てて私のグラスとそれを重ねた。
男性がそれを飲むのと同時に、私もお酒を少しだけ喉に流し込む。




『 どうですか?仕事は。慣れました? 』

「 あ…最近入社したばかりなんですけど、まだ分からないことだらけで。 」




私が新入社員だと知ると、その男性は『 俺も最初は大変だったなぁ。 』なんて笑いながら呟いた。
優しそうな笑顔をしていて、こんな人が仕事場の上司なら仕事も捗るのではないかと思う。

すると男性は、チラチラと周りを見てからそっと私の耳に口を近づけた。




『 ここさ、奥に部屋があるの知ってる? 』

「 …部屋? 」




私と同じタイミングで、無線から晴雷さんの声で『 部屋? 』と聞こえてくる。
このパーティ会場の奥に部屋があると言う彼は、微笑みながら私を見ていた。




『 そう。誰も入れないって噂だけど、たまたま話聞いちゃって。…行ってみない? 』

「 え、でも…。 」




でも私は、桜翅から渢さんを守らなくちゃいけない。桜翅を、始末しなくてはならない。
この人と遊んでいる暇もなければ、こうして話をしている時間も、本当は無いのだ。
でも、男性は『 ね、少しだけ。みんな堅苦しいから、こっちまで息苦しくなっちゃうんだよ。ちょっとだけ息抜きしない? 』と言い、人混みに紛れてそっと私の手を握る。

逃げようかと思ったものの、無線から聞こえる『 その男に着いて行って。 』と言う狂盛さんの声。
だから私はその男を拒むことをせず、そのままついて行くことしか出来なかった。


そのまま連れてこられたのは、パーティ会場の奥にある廊下の、更に一番奥にある部屋だった。
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