あまい・甘い・あま~い彼に捕らわれて
「口説き落とすのにずいぶん苦労したんだぞ。

立場が違うってなかなか首を縦にふってくれなくてね。

どれだけ彼女を口説きに山梨から車を走らせたか。」

「…結婚…するのか…」

「あぁ、もちろんそのつもりで付き合ってる。
坂口教授も認めてくれてる。」

「あの、男は…。
幼馴染みの男は…」

動揺して目を泳がせながら副社長が呟くように小声で口走ったところを社長が制止した。

「直哉、私たちも晴美さんと一緒に挨拶してまわるぞ。

恭一、近いうちに坂口さんと自宅に遊びに来なさい。」

「あぁ、近いうちにね。
じゃあまたな、直哉」

社長たちと別れると、たちまちあちこちから声がかかる。

見られている。

油断すると恐怖で手足が震えそうだった。

「杏」

優しい声が私の名を呼ぶ。

「馴れない場で疲れたか?

顔色が悪いな。大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

ふらついた私を恭一さんが抱き止めた。

極度の緊張で目眩がして、もたれるようにその腕の中で身を任せる。

「すみません、彼女気分が優れないようなので部屋が空いていればやすませたいんだが」

ホテルの従業員に声をかけているのがどこか遠くで聞こえる。

「おい、杏! 杏!」

遠退く意識に暖かくて仄かに香恭一の香りが鼻をかすめて私はゆっくりと目を閉じた。
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