想われて・・・オフィスで始まるSecret Lovestory
ここだ、と彼が足を止めたのは、一見すると趣のある料亭だった。白壁に犬矢来、軒から下がる鎖樋。エイジング加工なんかじゃない、たしかな時間の重なりを感じさせる。

「築70年の元料亭の建物を、一軒家ホテルに仕立てたんだ」

宿泊は貸切で、プライベートバトラーが付き、食事は料亭から板前が出張してあつらえてくれるという。
そんな特別な空間に彼と泊まれるなんて、胸の高鳴りが止まらない。

出迎たバトラーに部屋に案内してもらう。柱も壁も床の間も、ほとんど往時のままだという。
饗応の華やぎも時の変遷も今のありようも、静かに受け止めているようだ。

「佐倉さんもこちらの空間デザインに関わったんですか?」

「いや人づてに聞いたんだ。一度来てみたいと思ってた」

外観も内装もなるべく既存のものを残しながら宿泊施設に生まれ変わらせることに、プロジェクトチームは腐心したという。

広縁にしつらえられた座卓に腰を落ちつけて、運ばれてきたお茶でゆっくりのどを潤す。

「こういう見事な仕事がされた空間にいると、建築家としては落ち着かなくなるな」

「測ってスケッチしたくなっちゃうんですか?」

まさしく、と佐倉さんは苦笑する。
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