とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
それでも美里は私の前に立ちふさがった。

後悔してくれている。昔、私を守れなかったこと、いじめに加担したこと。

ずっとずっと苦しんで泣いてくれた美里に、私は怒りは沸かなかった。

 もちろん、彼のことももう何も思っていなかった。

「で、なんでしょうか?」

 立ち上がって、彼を見る。

 左目の泣き黒子、二重でアーモンド形の瞳、セットされた髪はぺしゃんこで、少しだけ幼い様子。――けれど、美香さんが驚いていたのは分かる。

 テレビや雑誌の中で見るような、整った顔立ち。

「俺と結婚してください」

「……え?」

再会してすぐに彼が私にそう言った。

濡れた髪を振りながら、なんでそんなに簡単に言ってくるのだろうと首を傾げた。

耳を疑う言葉に、彼を見る。が、ふざけている様子ではなく、逆に私の様子を窺っているようだった。

「馬鹿なんでしょうか。仕事の邪魔なので帰っていただきますか?」

会って数秒の、馬鹿馬鹿しいプロポーズ。

私は入り口を指さしながら、怒っていいのか呆れていいのか、怖がっていいのか分からない。

昔好きだった人を見ても、もう感情はなにも湧かないんだなって不思議なだけ。

「あの、予約の方がくるので、本当に邪魔なんですけど」

「一矢くん、お願い。帰ろう、ね?」

 美里が腕を引っ張るが、やんわりと手をどけると、彼は私から視線を逸らさなかった。

「……ちょっと考えさせて」

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