極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
レジカウンターを挟んで実乃里の前に立っているのは、四十二歳の男性で、名前は玄成(げんなり)という。

ここから電車で三十分ほどもかかる場所に、彼の住まいと勤め先があるそうだ。

よれたスーツによもぎ色のジャンパーを羽織り、中肉中背で青髭と小さな目が特徴的な顔をしている。

趣味は映画鑑賞。古い洋画から最新の邦画までなんでも観るらしい。

なぜ実乃里が客の詳しい情報を知っているのかといえば、聞いてもいないのに玄成が教えてくるからだ。


彼も桜テレビの放送を見て、この店……というより、実乃里の存在を知った客である。

実乃里を狙って毎日のように来店しては、気のある素振りを見せるのだ。

注文するのはいつもコーヒーだけで、忙しい実乃里に付き纏いながら飲むというのも毎度のことである。

支払いをしてコーヒーを受け取った彼は、実乃里が次の客のレジ対応をしていてもお構いなしにペラペラと話しかけてくる。

客の切れ間には、「明日、定休日でしょ。偶然俺も有給休暇取ったんだ。どこか行こうよ」と誘ってきた。


「申し訳ありませんが、玄成さんとプライベートのお付き合いはできません」


はっきりと断った実乃里は、彼に見えるように左手を顔の横に掲げる。

その薬指には、シンプルな銀色のリングがはめられていた。

結婚したのではなく、これは玄成対策で、数日前の仕事終わりに伊藤がアドバイスしてくれたのだ。


『結婚指輪をしていたら大抵の男は諦めますよ。私の美人な友人も、男避けの意味ではめてます。店長もどうですか? 他のまともな出会いまでシャットアウトしてしまう可能性もありますけど』


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