Before dawn〜夜明け前〜
「ここ…?」
タクシーから降りて、いぶきは絶句する。

「そう」

一条は、スタスタとマンションに入る。
いぶきは、慌ててその後を追い、一緒にエレベーターに乗り込んだ。

「高校生なのに、こんなマンションで一人暮らしなんて、さすがですね。
ところで、夕飯の準備って、買い物とかはしてあるんですか?」

エレベーターが止まる。
一条と一緒に降りながら、いぶきが尋ねた。

「何言ってるんだ」

一条がドアを開ける。
いぶきは何の疑いもなく中に入った。
途端に、腕を掴まれる。

「俺が食べるのは、お前」

言う事を聞けとは言われたが、まさか体を求められるとは、思いもしなかった。

いぶきは、あっと言う間に抱き寄せられ、ベッドルームへと連れられる。


「おい、俺を見ろ。青山いぶき」

ベッドの上、組み敷かれてどうすればいいのか分からず目を泳がすいぶきに、不機嫌を隠しもしないで一条が言った。

「反応しろよ、この俺に抱かれるんだぜ?」

「…わかりません。どうしたらいいのか。
一条さんなら、他にいくらでも良いお相手がいるでしょ?」

「他の女?気まぐれに抱いたりすれば、愛だの恋だの押し付けてきてウンザリだ。
この欲求を満たす為には、後腐れ無い女がいい。

お前は風祭の厄介者。
それでも、風祭の為に生きるしかない。
いつも、気持ちをおさえつけて生きてきたんだろ?」

いぶきを見下ろす漆黒の瞳の奥がわずかに揺らめいていた。

「俺は一条の御曹司。
一条家の為に生きることしか許されない。
必要なのは俺じゃない。“一条家の後継ぎ”だ。

案外、同じような存在じゃないか?
だから、お前がいい。

今は、理性なんかいらない。
感情なんかいらない。
ただ、感じるままに反応しろ。声を出せ」

反応が欲しい。
そんなこと言われても、我慢する事しか知らない。
一条の気持ちは、わかる。たぶん、誰よりも。
いぶきを抱く事で少しでも癒されるなら、とも思う。

だけど、気持ちと体は別だ。

肌を触れられるのは、怖い。
背中に残る折檻の跡。
汚い己の肌に、一条のように見目麗しい、極上の男が触れていると思うだけで、今すぐ逃げ出したくなる。
でも、一条の瞳に捕らえられて逃げられない。

唇をぎゅっと噛み締めて、体を強張らせたままのいぶき。
それでも、真っ直ぐ一条を見つめ返している。

あと一押し。
彼女の心を解くには、優しい言葉をかけるか。
いや、彼女は優しさに慣れていない。
効果的なのは…


一条は、追い討ちをかけるように、言った。



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