Before dawn〜夜明け前〜
「OK。では矢野先生、これは参考までに、私の見解をお聞き下さい」
拓人の姿を打ち消しながら、いぶきは一気にまくし立てる。
はじめ、矢野は小娘の戯言と流しながら聞いていたが、次第にその表情が変わる。
黒川からファイルを受け取るといぶきと討論を始めた。
「…素晴らしい。
さすがは桜木の娘だけのことはある。
なるほど、こういう攻め方もあるな。これなら、一条も桜木も名前は出ない」
「全て、風祭に背負ってもらいましょう。ただ、あの業突く張りが納得するか…」
「なぁに、一部財産は残るんだ。余生が充分に楽しめるくらいには。
それに、首を縦に振らなきゃ、海に沈むだけだ」
「それ、矢野先生がおっしゃると、冗談に聞こえません」
いぶきはクスッと笑うと、ファイルに添付されていた風祭英作の写真を見た。
「…これで、本当に終りになるかしら」
「これだけのバッシングを受けたんです。オヤジの後押しが無けりゃ、とっくに消えていい程の力しかない男。
大丈夫、お嬢、心配要らないですよ」
いぶきは、黒川の言葉にうなづいた。
とたんに、空腹を覚える。
「そろそろ、お腹空きませんか?矢野先生。
久しぶりに銀座、一緒に行きませんか?」
「そりゃ、もしや、寿司利久からGiselleコースかい?いいな、久しぶりに、ぱあっとやるか」
黒川がすぐに席の確保の為、電話をしようと携帯を取り出す。
その携帯にメールが届いていた。
「黒川?どうかした?」
携帯を見つめて何ごとか悩んでいる様子の黒川に、いぶきが声をかけた、
「いえ…タクシー呼びますから、少し待ってて下さい」
黒川はそう言って一人廊下に出て電話をかける。
「それにしても、お嬢、綺麗になったよなぁ。
モテてしょうがないだろ?」
「そんなことないですよ。
私、うちのボスに、“弁護士の仕事と結婚して、毎晩法律と寝てる”って言われるくらいの、仕事バカなんです。
まぁ、今は仕事が楽しいのでいいんですけど。
それに、あの父を基準に男を見ると、なんだか物足りないんです」
「アッハッハ!
そりゃそうだ。立派なオヤジを持って、目が肥えちまったな」
「お待たせしました。タクシーが来ました。行きましょう」
矢野が、待ってましたと、くわえていたタバコを灰皿に投げ入れると、背広を手に立ち上がった。