Before dawn〜夜明け前〜
「…これは、かなりのクロ、ですね。真っ黒」

「あぁ。これで恐らく、風祭はおしまいだ」

いぶきは、手にしていたファイルをかたわらの黒川に渡し、手帳にメモをはじめる。

「お嬢、その辺でやめましょう。
もう、風祭の事は矢野先生に全てお任せして」

必死に止めようとする黒川を手で制す。いぶきの弁護士スイッチが入っている。こんな時は何を言ってもムダだ。

「このままじゃ、お金の出所として一条や桜木の名前が出てもおかしくないですね」

「まぁ、出たところで速攻でもみ消すけど。ただ、マスコミをはじめとした周りがうるさくて。
しかも、今、一条は代変わりをしていて、反発も多く、今ひとつ安定していない」

矢野の言葉にいぶきは小さくうなづいた。

「拓人、ですね?
どうなんですか、最近の一条は」

「それまで、権力を当主一点に集中させていたものを、それぞれの分野のトップに任せつつ、グループを統括する形に変えた。
すると、一条の名前に甘えて経営していた分野が途端に苦しくなって。
アイツ、そんな改革について行けない部門を救うどころかバッサリ切った。
今、一条グループの不良企業は、だいぶ淘汰されたよ。

まぁ、今は恨まれているだろうが、長期でグループの成長を考えれば間違いなく上向きになるだろう」

いぶきはそれを聞いて、服の上から、ネックレスに触れた。

一条拓人。
その名はいつもいぶきの胸に甘く切なく響く。無性に胸をかきむしりたくなる。
プライドが高く、強がりで甘え下手で、カッコつけ屋でさみしがり屋で。
でもあれから、十年。きっと彼も変わってる。


そんないぶきの様子に黒川は気づいた。
今回の出張は、何故か拓人の名前がチラつく。
もしかしたら、二人の歩む道が寄り添うのも、そろそろ、なのかもしれない。

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