Before dawn〜夜明け前〜
「結婚…って、私と?」

震える胸を押さえながらいぶきは拓人に問う。
拓人は大きくうなづいた。

「関係を聞かれて、“友人”だなんて答えは絶対にNOだ。俺はいぶきを友人程度になんて思ってやしない。
じゃあどんな関係かと問われれば、“家族”がいい。
いぶきは、どうなんだ?
俺のこと、やっぱり、友人程度なのか?」

いぶきは、フルフルと首を横に振った。

「事件のせいで拓人に迷惑かけたくなくて…
あの時は友人だって、譲歩したのよ?
本当は居合わせただけの他人って言っても良かった。

まさか、拓人がそれほど怒るなんて思わなくて」

「怒るよ。
今まで二人で過ごした時間、紡いだ信頼、全てが意味のないことに思えるほどショックだった。
恋人以上に濃密な関係だと思っていたのに。
まぁ俺も、2人の関係を上手く言葉に出来なかったけど、でも、“友人”はショックだった。
いぶきは、俺があんな事件程度のスキャンダルで潰される男だと思っていたのか?」

「でも、わずかなほころびに足元をすくわれることもあるわ」

「もし、足元すくわれたら、その手で助けてくれるんだろ?
弁護士の桜木先生?」

いぶきをじっと見つめる拓人の目。
ぎゅっと握りしめた大きな手。

拓人がここにいて、自分を見てくれる。
それだけで悩んでいた事の全てがどうでも良くなった。


拓人が手を差し伸べてくれたから闇に光が差した。
まわりが見えるようになったから、自分に絡みつく枷がよくわかる。
枷を外せるのは、自分だけ。
気づかずにいたけれど、10年の間に、いぶきには枷を外す力が付いていた。
最強の弁護士としての自信と実績が、枷を外す力となる。
恐れることは、ない。
胸を張って、拓人と生きる。彼が私を選んでくれたのだから。
さっき、必死で存在を忘れた枷を、今度は自分の力で壊した。


「助ける?
そんな、甘いわよ。拓人の足元をすくおうなんて輩、徹底的に排除してやる。

そうよ私、最強の弁護士だから。


出来て当たり前。周りはそう思っているけど。
苦しんで、努力して、孤独と戦ってきた拓人を私は知ってる。

“一条の御曹司”としてではなく、一人の人間として認められたいと、いつも『愛』を求めていることも知ってる。
私の父が、桜木組のみんなにもらってるような形の『愛』を。

知ってたのに。貴方の手を離そうとするなんて、ごめんなさい。
もう、恐れない。迷わない。

拓人と生きる。
一緒に幸せな家庭を作る。


赤ちゃん、守れなくて、ごめんなさい。

せっかく、私を選んでくれて生を受けたのに…」


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