Before dawn〜夜明け前〜
拓人は、いぶきの体を優しくゆっくりとベッドに戻してくれる。

「俺にとって最高の女性と結婚して、幸せな家庭を作る」

拓人の言葉はいぶきにとって、まるで死刑宣告のように聞こえた。

「自分のことより、何より一番に俺のこと考えてくれてさ。
たぶん、誰よりこの俺の事を分かってくれている、そんな最高の女性と、結婚する」

いぶきの目にあふれる涙をぬぐう手は優しい。
だが、拓人の表情は険しい。

いぶきは拓人の手をぎゅっと握りしめた。

この手を離したくない。失いたくない。
ましてや他の誰かになんて渡したくない…!


「…拓人。
貴方は由緒正しい一条家の当主となるべく生まれ育ち、今や世界の一条グループのトップ。
私は、風祭で使用人として家畜のように扱われて育った、元ヤクザと銀座のホステスの娘。

それが、事実。
そんな私が拓人の側にいるなら、弁護士として仕事のパートナーであることでしか、あなたを支えられないと思う。
それが、一番、現実的だから。
だから、ずっと考えないようにしてた。

だけど、やっぱりダメ。
想いが強すぎてもう抑えられない。

拓人、愛してる。
絶対、この手を離したくない。
結婚するなんて、言わないで。私の側にいて」

とても、世界をまたにかける優秀な弁護士とは思えないほど、不器用な、だけど真っ直ぐな告白。


「結婚したいんだ」


拓人は今にも泣きそうな、それでも優しい笑顔をみせた。

「俺も、側にいたい。
やっと、いぶきの本心が聞けた。
わかっていたつもりだけど、言葉でちゃんと聞きたかったんだ。
俺の事を支えてくれると言うけれど、俺も守ってやりたい。
誰より大切だから。

桜木いぶき。

俺と結婚しよう。一生、公私ともにパートナーになろう。

風祭の事なんて忘れてしまえ。
家柄なんて、気にするな。
桜木さんは、娘を誰より愛する、最高で最強の理想的な父親だ。
家柄だけの女なら余裕だが、相手が桜木さんだと思うと、超えられないかもしれない。
だけど、俺も、頑張るから。
俺にも、いぶきを守らせて」




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