Before dawn〜夜明け前〜
いぶきを見ながらジュンはスケッチブックにさらさらとデザイン画を描いていく。

「拓人との身長のバランスもいいわぁ。
胸元のリボンはやめて、背中と同じレース…じゃないか、大胆にカットしちゃおうかな〜


…あら。見て、拓人」

ジュンは、デザイン画をのぞき込んでいた拓人にそっと声をかけて、アゴでいぶきを示す。


鏡の前で、スカートをひらめかせたり、くるりと回ってみたり。
わずかに頬を緩ませ、こんなに嬉しそうな様子は初めてだった。


「いいじゃない。
素性は、知らないけど、決して幸せな環境ではないことくらい、あの背中でわかるわ。

でも、強い子ね。決して媚びたりしない。
いつか、大輪の花に化けそうね〜お似合いよ」


「あ、いけない。もう時間だ。帰って夕食の準備をしなくちゃ。旦那様に叱られる」

いぶきは、壁の時計を見てハッとなる。


「あら、本物のシンデレラなのね。
ミキちゃん、いぶきちゃんの着替え、手伝ってあげて」

ジュンのスタッフがいぶきと共に奥の部屋に入って、ものの10分足らずで、いつもの野暮ったい青山いぶきに戻った。

「慌ただしくて、ごめんなさい。
私、帰ります。
ジュンさん、今日はありがとう!」

拓人が声をかける暇もなく、いぶきは飛び出していった。

「なるほど、みにくいアヒルの子ね。
とんでもない上玉じゃない」

「よろしく頼むよ、ジュン。
アヒルを白鳥にしてくれ」

そう言って拓人もヒラヒラと手を振って店を出て、外に待たせていた車に乗り込む。


いぶきの珍しく嬉しそうな様子が、脳裏にチラつく。


ーーさぁ、やってやろうじゃないか。

運命を切り開く為に、布石は打ってやる。
いぶき、あとはおまえ自身で切り開け。
そして、俺の手を取り共に戦ってくれ。

一条家に生まれ、逃れならぬ運命を背負い、苦しみと孤独と戦う一条拓人と、共に戦ってくれ。


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