あなたに捧ぐ潮風のうた


「……法皇様は入道殿に『政にはもう関わらない』と許しを請うたそうだ。しかし、入道殿は耳をお貸しにならず、法皇様を鳥羽殿に幽閉した。静憲と女房以外はお会いすることを禁じられておる。それがどれほど孤独で悲しいことか……」

 ひたすら表情を変えず、静かに心情を吐露する上西門院を見ていられなくなった小宰相は、外の景色に目を遣る。

 平家は一門の結束が固い。平家のことだ。清盛の決定に誰もが首を横に振ることもなく、後白河法皇に剣や弓矢を差し向けたのだろう。

 小宰相は密かに拳を握った。

 いつも事あるごとに和歌を書いた文を送ってくる平通盛。──あの平家の若君は、どんな顔をして何を思っているのだろう。

「これは主上もご承知の上で?」

「分からぬ」

 小宰相の問いにも上西門院は頑なに表情を崩さない。

 誰もが沈黙する。

 清盛が福原から都にのぼり、平家の根城である六波羅に兵を留めているという噂は、小宰相も耳にしていた。

 女は基本的に噂話が好物であり、その水面に雫が落ちれば波紋が広がるように、噂話は広がっていく。それが大きな雫なら、なおさら波紋は大きい。

 清盛入道は良からぬことを企んでいる、という噂は以前から持ちきりだった。

「──中宮に訴えるか……。いや、それも無駄なこと」

 小さな呟きが部屋に響く。

 高倉天皇の中宮でもある、平徳子。
 しかし、彼女は清盛の娘だ。あの父に逆らえるとは思えない。夫である高倉天皇も清盛の言いなりなのだから。

 訴えたところで何が変わるとも思えない。それを上西門院は分かっているのだ。

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