レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
(どうしてムガイが牢屋番から鍵を受け取れるんだ?)
僕は思考をめぐらそうとしたけど、頭が全然回らない。
混乱からまだ解き放たれない。
そうこうしてるうちに、ムガイが牢屋の鍵を開けた。大きな図体で松明の光りが遮られ、暗闇が僕の視界を包む。
ムガイは腰に差していたS字型の剣を抜いた。揺れる松明の光に反射してギラリと光る。緩やかに弧を描いた銀色が、鋭利さを物語った。
僕は硬直する体を引き摺って、座ったまま後退った。
「な、なんだよ」
ムガイは顔を歪めて嘲笑し、刀を掲げる。
(――殺される)
頭に絶望が過ぎったその刹那、ムガイは血しぶきを上げて倒れこんだ。
僕は目を見開いたまま、うつ伏せになったムガイを見つめる。ムガイは、ぴくぴくと小さく痙攣し、すぐに動かなくなった。
愕然とする僕に、ミシアン将軍は優しげな声音で問いかけた。
「大丈夫か?」
「……はい」
僕はムガイの死体を凝視したままぽつりと答えて、ゆっくりと目の前に立つミシアン将軍を見据えた。彼は、血のついた剣を布で拭って鞘に収めた。
(なんでだ? なんなんだ?)
ムガイが僕を殺そうとしたってことは、ムガイはやつらの仲間だってことだ。ムガイと一緒にやって来たミシアン将軍は当然、ムガイの仲間だってことになる。なのに、どうして僕を助けるんだ? それとも、もしかして将軍は僕らの味方なのか?
混乱する僕を見て、将軍はふと笑んだ。
「立てるかい?」
聞かれて僕は立ち上がる。足が震えてすぐにでも地面に戻りそうだったけど、踏ん張って留めた。
「彼はね、我々の密偵さ」
「わ、我々?」
「そう。ルクゥ、水柳、驟雪、ハーティムからなる連合軍のね」
「やっぱり、そうだったんですね。目的はなんですか。条王? それともこの国?」
ミシアン将軍は口元に優しげな笑みを浮かべたまま、僅かに黙り込んだ。そして、「とりあえず、行きながら話しをしようか」と、僕を促した。
僕は警戒しながら牢屋を出て、そこで初めて気がついた。牢屋番の二人が床に倒れて血を流している。思わずミシアン将軍を仰ぎ見た。僕の意図することを察したのか、彼はゆっくりと瞬きをした。まるで、そうだよと言うように。
牢屋番はおそらく、ムガイを殺す直前にミシアン将軍が殺していたんだ。恥ずかしいことに、僕はそれに今の今まで気づかなかった。
(どんだけ動転してるんだよ)
僕は自分に毒づいて、歩き出した。