レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「初めは聖女。今は、魔竜さ」
「なんだって?」
僕は一驚して、次いではっとした。青説殿下が仰っていたことを思い出した。紅説王がこの先狙われる可能性もあると僕が警告したとき、彼は、『力が手に入ってしまったからにはな』と言った。もしかして、殿下はこうなることを知っていたんじゃないか?
「青説殿下はどこまで関わっているんだ」
僕は自分でも思いがけず、あの将軍相手に強気に訊いた。
「青説殿下は、ムガイがたぶらかしていたけど、この計画には絡んでないよ。まあ、促進させたという意味では関わっていたとも言えるのかな」
将軍は優しげな微笑を浮かべたけれど、どことなく嘲笑的で皮肉っぽい。
「どういう意味だ?」
怪訝に顔を顰めると、将軍はさっきの笑みを浮かべたまま言った。
「転移のコインをね。条国側が回収しようとする動きが見られたんだよ。確かに、この計画は以前より密かに進められていた事ではあったけど、魔竜という力を手に入れた条国にこんなに早く手を打たれてはね。利用しない手はない」
(転移のコインだって? ……そうか)
突然腑に落ちた。
火恋がオウスに帰った日、彼女に連れられて紅説王の寝室を覗いたときの会話はそれだったんだ。
殿下は元々、転移のコインの軍事転用を恐れておいでだった。それが、魔竜という力を手に入れた今、それを狙って各国が兵を挙げることを危惧なされた。
それで、王に進言しに行ったんだ。でも、王は聞き入れなかった。だから、殿下は独断で動こうとして、それを各国に掴まれて利用されたんだ。
でも、ちょっと待て。魔竜が操れるようになったという情報は各国にはまだ発表していなかったはずだ。僕らにも口止めされていたし、徹底的に情報が漏れないように殿下が奔走されていた。なのに、どうして?
「そうか。ムガイ……」
あいつだ。ムガイが、緘口令を無視して密かに情報を流した。
そしてその事を、殿下は気づいていた可能性が高い。だから、殿下は焦ってことを急いだんだ。
「でも、それなら帰国させるか暗殺してしまえば済む話だ」
僕がぽつりと低声を漏らすと、ミシアン将軍は呟いた言葉を繋ぎ合わせて推測したのか、
「青説殿下は、君達のうちの誰が密偵なのかまでは把握できなかったみたいだよ」と囁いた。
驚いて将軍を見ると、彼は相変わらずの微笑みで僕を見ている。
僕はキッと将軍を睨み付けた。