レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「君は、すっかり条国の人間なんだね」
「条国だとか、ルクゥ国だとか、種族だとか、そんなことは関係ない。人間は人間でしょう。人殺しは、どの国の人を殺しても人殺しに変わりはないんだ」
「そうだね、私達軍人は人殺しさ」
ゆっくりと瞳を閉じ、将軍はそう言って瞼を開いた。口元には、柔和な微笑が浮かんでいる。
この人は――。
背筋に冷たいものが這う。
何を考えてるのか、まるで解らない。僕はずっと、ミシアン将軍は英雄にしかるべき、立派で正しく優しい人なのだと思っていた。
だけど、この人は信用できない人間だ。
今日だけではない、この人は逢うたびにずっと笑っている。柔和な微笑を絶やしたことがない。
笑顔で壁を作り、本心を読ませないようにしていたんだ。おそらくこの人は、自分以外を信頼していない。
「殿下はどこにいる?」
僕は警戒しながら尋ねた。
「もう、亡くなっているよ」
「やっぱり……」
僕は愕然としながら呟いた。
利用した人間を殺すくらい、こいつらにとっては容易いだろう。
「殿下は魔竜を操り私達を撃退したかったみたいだが、紅説王に拒まれたみたいでね。王は魔竜を戦争の道具として使えば、二度と他国の……というよりは人心の信頼を得られなくなる。恐怖による政治はあってはならないとして、転移のコインで退却して状勢を整えたかったみたいだけど、言い争っているところに矢が飛んで来て、殿下を王が庇われ負傷したところを消者石の粉をお二人に振りまき、王は捕縛。殿下は切り殺されたと報告では聞いたけどね」
(紅説王……。殿下……)
胸に悲しみが振ってくる。
「だが、君も分かりきったことを訊くね。王宮に攻め入られた王は捕縛後、死刑。王族は真っ先に殺される定めだろう」
ミシアン将軍は軽口をきくように言った。
僕は軽蔑を込めて将軍を睨む。
「ムガイはどうして殺したんだ。仲間のはずだろ?」
将軍は柔和な面立ちのまま、ぴくっと僅かに眉を跳ね上げた。
「そうだなぁ」と呟いて、「ムガイは、連合軍の人間だが、ハーティムの人間でもある」と答えた。
「つまり、ハーティムの手柄にしたくなかったと?」
「そうだな。それが一つの理由だ」
「一つ?」
聞き返した僕を、将軍は見返す。
「ムガイが君を殺そうとしたのは、記録者は一人でいいからさ」
「どういう意味ですか?」
僕はほとほと訳が分からず、渋面で将軍を見据えた。だけど、この質問にはミシアン将軍は答えなかった。