レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「私……本当は逃げたんじゃないかって負い目があるのよね」
低声で呟かれた声は、暗く沈んでいた。
アイシャさんは、あれから魔竜の討伐には出かけない。
討伐に出ても戦いに行く者のフォローに回ったり、医療を手伝ったりと、内勤が主になっていた。紅説王もそれは許可なされているし、重宝して下さってもいた。でも、自国でどう言われているのかは知らない。多分、せっつかれてはいるんだと思う。
そこにきて、今回の結婚話だ。陽空と結婚すれば、当然アイシャさんは焔家の人間になるということだ。そうなれば、ハーティム国ではなく、水柳国の人間になる。ハーティムの人間でない者が、ハーティムの代表として任務にあたれるわけがない。
当然、アイシャさんはこの任務を降りることになる。
「……」
僕は無言でアイシャさんを見詰めた。
アイシャさんは本来、責任感の強い人だ。だから、一人で何とかしようとするし、背負い切れずに潰れたりもする。
そんな自分が許せずに、苦悩し、いつか復帰してやるという真の固さがある。アイシャさんは本当は、真面目過ぎるが故に、気苦労の耐えない人だと思う。
(逃げても良いのにな……)
ぽつりとそう思った。でも、それを言う事はしない。言ってしまえば、アイシャさんが傷つくだけだと今では分かる。
これも、アイシャさんと燗海さんに昔ヒナタ嬢のことで怒られた賜物だ。
それがなかったら、今でも無遠慮に土足で入っていっただろう。
「……本当に逃げた人は、そんなこと自分から言いませんよ」
緊張しながら切り出した。声が少しかすれてしまったけど、声音は平然としていた方だと思う。
アイシャさんは驚いたように僕を振り返った。
僕は、にこりと笑みかけた。
「それに、本当にそうだったら心が解放されて、晴々としてるはずです。そんなに、苦悩してる表情はしませんよ。大丈夫、今は少し休みが必要なだけですよ」
アイシャさんは、一瞬泣きそうに顔を歪めた。潤んだ瞳を見られないようにか、俯く。
「あのちゃらんぽらんとずっと一緒にいれば、呆れ果てちゃってすぐに復帰したくなりますよ」
冗談を言って軽く背を叩くと、アイシャさんは噴出した。
声に出して笑うと、目を擦って顔を上げた。
「そうね」
そう言って笑うアイシャさんは、どことなくあどけない感じがした。
つい、ぽっとなる。「ところで」とアイシャさんが話題を変えた。
「愛しの娘(こ)には逢えたのかしら?」
「……」
僕は思わず苦い顔になる。
アイシャさんは申し訳なさそうに、眉尻を下げた。
「あら、ごめんなさい。まだ見つからないのね」
「そうなんですよ。もう、かれこれ五年探してるんですけどね」
「見つかると良いわね。晃ちゃん」
「……はい」
僕はがっくりと項垂れながら答えた。
五年前、死ぬ思いをした僕はもう一度晃に逢いたくて街中を捜し回った。でも、その日は結局見つからず、気晴らしがしたくて陽空に話したのがそもそもの間違いだったんだ。
(あいつ、瞬く間にバラしやがって)
自分の額に青筋が浮かんだのが分かる。
面白半分に触れ回ったせいで、城の大半とは言わないまでも、幾人かが僕の尋ね人の名前を知っている。