レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

「……ったく!」
 僕は憤りを吐き出すように舌打ちした。
「団体行動が出来ないやつらだな!」

 僕もどっちかっていうと個人行動の方が好きだけど、彼らほどじゃないぞ。
 ぶつくさ言いながら、何を買おうかと辺りを見回した。不意に懐かしさが蘇ってくる。僕はそこにいない少女を瞳の奥に映した。

「晃」

 小さくその名を囁く。
 街に出て晃を捜す度、晃に似た髪の子がいれば目が追い、違って落胆する。そんな日々が一年、二年と続いて、早五年。内実では、もうとっくに諦めてる。でも深淵では未だに、諦めきれない。ふとしたときに晃の影を追ってしまう。人間ってのは、どうしてこうもやらなかったことを後悔して廻るんだろう。

「陽空の忠告、聞いておけばよかった」

 ぼそっと呟くと、背後から明るい声音が響いた。

「おにいちゃん!」
(晃か!? ――なわけないか)

 一瞬はっとしたけど、こんなに幼い声であるはずはない。
 一息ついて、きょろきょろと辺りを見回すと、僕の尻にぽんと手が置かれた。振り返ると、肩越しに少女がいた。真ん丸の瑠璃色の瞳が嬉しそうに細められる。

「誰だ?」
 呟くと少女は、にかっと笑った。

「ねえ、ねえ、おにいちゃん。こうとくさまのとこにいる人でしょう?」
「え? ああ。まあ、そうだけど」
 なんでそんなこと知ってるんだ? 僕は訝しがって眉を顰めた。

「やっぱりー! 一回ろうかで見たことあるもん!」
「廊下で?」
 小首を傾げると、
「火恋(かれん)様!」

 人中から、慌てたようすの女性が現れた。
 女性は少女に目線を合わせるように屈み、乞うように叱った。

「火恋様、御一人で御歩きにならないで下さい。迷子になったらどうなさるのですか」
「ごめん。でも、しってる人を見かけたから」
「知ってる人?」

 女性は僕を見上げた。
 彼女は目が合った瞬間、息を呑んだ。
 僕もあまりの衝撃に息を忘れた。

「……晃?」
「お兄、さん……?」

 晃だ。間違いようがない。赤茶色の瞳が大人びてはいたけれど、雰囲気はまるで変わらない。
(ああ。どうしよう……)
 なんて言ったらいいのか分からない。

「ひ、晃。久しぶりだな」
「うん。本当に久しぶり」

 晃は言って微笑んだ。この笑顔も変わらない。僕の胸は暖かさと同時に、きゅんと何かに掴まれて、少し苦しい。

「お兄さん、覚えていてくれたんだね」
「あ、当たり前だろ!」

 僕はつい、ムキになってしまった。慌てて口をぎゅっと結ぶ。
 晃はそんな僕を見て、微笑った。
 僕は、幸せと混乱のあまり泣き出しそうだった。

「お兄さんは、どうしてここに?」
「ああ。えっと、同僚の女性にプレゼントを買いに。――晃は?」
「……私は」

 晃は一瞬顔を曇らせて、火恋を見てにこっと笑った。
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