レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

「火恋様の御買い物の付き添いで」
「へえ。晃は今、侍女かなんかなの? この子は?」

 晃は僕の問いに、うんと頷いて、
「火恋様は、二条家の姫君にございます」
「え!? 条国の?」

 確か、条国では王に選ばれた者と、その正室のみが三条の姓を名乗れ、それ以外の者はは例え正妃との子供であろうと、三条の姓は名乗れない。他の王族は全て二条と名乗る決まりになっているらしい。青説殿下とマルもそのひとりだ。

 正室は王族の中から選ばれる決まりだ。側室は何処の誰であろうと良いみたいで、何人子供を作ろうと構わないが、正室との間にはひとりしか作ってはいけない決まりだとか。

 ただし、その子供が王になるわけではないところが、この国の面白いところで、全ては能力の良し悪しで決まるらしい。

 紅説王が幼い頃から王位に就く権利を与えられていたのは、王族の中で誰よりも強かったからだろう。それを証拠に王は二条の出で、側室の子だ。逆に青説殿下は正室の子だった。――と、昔マルに教わった。

 僕はじっと、火恋を見つめた。この子は誰の子なんだろう。見たところ、六、七歳くらいだけど……。

 青説殿下は正室と側室をお持ちだけど、子供はまだいないはずだし。紅説王は結婚すらしていない。一緒に魔竜討伐に出かけたことのある王族の内の誰かの子だろうか。
 僕が考え込んでいると、火恋は嬉しそうに笑った。

「ヒカルはあたしが生まれてからずっと、あたしと遊んでくれてるんだよ」

 にっと出た八重歯が可愛い。でも、この笑顔をどこかで見たような気もする。僕は小さく首を傾いだ。

「さあ、お城へ参りましょう。紅説様がお待ちです」
「え? 晃、城へ行くの?」
「うん。火恋様が紅説王に呼ばれているから。それでこの町に帰ってきたんだもん」

 晃は懐かしそうに町を見渡した。

「もしかして、ずっといなかったの?」
「うん。お兄さんと別れて、すぐに引っ越しすることになって」
「そうなんだ……」

 それじゃあ、見つかるはずもない。思わず苦笑が零れてしまう。

「じゃあ……私はこれで。プレゼント、素敵なものが見つかると良いね」

 晃は微笑んで言って、火恋の手を引こうとした。

「ちょっと待って!」
 僕は慌てて呼び止める。

「ぼ――僕も行くよ。僕、城にいるから」
「え?」

 晃は驚いて目を丸くして、僕は、ずっとしたかったことをした。

「あのさ。僕、レテラ。レテラ・ロ・ルシュアールって言うんだ」

 僕は自分の頬が赤くなるのを感じながら、頭を掻いた。晃は、少しだけきょとんとした後、くすっと笑って、

「私は晃。よろしくね、レテラ」

 そう言って、晃は手を差し出した。僕はその手をやわらかく握る。
 六年越しの、自己紹介だった。
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