優しい彼と愛なき結婚
奈緒さんの次に応接室に呼ばれ、深呼吸をして中に入る。
「失礼します。桜野 優里(さくらの ゆうり)と申します」
「どうぞ座って」
年齢は32歳だと奈緒さんが教えてくれたが、私と3つしか変わらないことが信じられない。落ち着いた雰囲気と備えた品格、会社のトップに立つ人間は遠い存在だ。
「早速だけれど、先月の残業時間は60時間だね。辛いと感じることはない?」
4人掛けのテーブルに向かい合って座り、彼はなにかの資料を見ていた。
「ありません。今年から取引先と大きなプロジェクトが始まって上期は忙しかったですが、やりがいはありました」
「そうだね。成果も残してくれた。でも体調を崩すことも多かったのでは?」
「東京営業所のみなさんに迷惑をかけることもありましたが、それは自己管理の甘さ故です」
「そうか。君は東京営業所が好きなんだね」
「はい」
あれ。
意外に話しやすい。
質問を投げられ、それに答えても否定されることがないからだ。
「でもこの残業時間は会社としては問題だ。新しい社員を採用するか、本社の誰かに異動してもらうかを検討している。君はこの営業所にどんな人が向いていると思う?」
その問いには少し悩んでから答えた。