優しい彼と愛なき結婚
異音が耳から離れず、目眩にも似た感覚に陥った。
幸いにも大悟さんはシェイクのお代わりを頼み、携帯を操作して彼のペースで過ごしくれた。私の反応を待つことなく、空気のように扱ってくれた。
返事なんてできやしない。
やっぱり私は綾人さんのことをなにも知らないと自覚した一方で、完璧な彼の人生にも落とし穴があったことに動揺していた。
いつ綾人さんは彼女との真実を知ってしまったのだろう。少なくとも私は落ち込んでいる綾人さんを見たことがないから、外では普段通りに振舞っていたのではないか。
そうすることで彼は自身のプライドと、心を、守っていたのではないか。
毎週水曜日、私にテニスクラブと嘘をついて彼女と会っていたとしても、彼女を愛したまま私との結婚を望んでいたとしても、
とても責める気持ちにはなれなかった。