real feel
宮本課長から佐伯主任に手渡された鍵。

「お前まだ帰り支度してないだろ。もう今日は誰もいないから念のため鍵かけてきたんだ。その鍵はお前のデスクから持ち出した。だから最後は施錠を忘れずにな。今日はお前の誕生日だろ?大事なモノを忘れて帰るんじゃねえぞ、翔」

そうよ、今日は翔真の誕生日なのに。
ノーザンで2人きりでゆっくりお祝いしたかったのに……。

「了解です。施錠して帰りますから。宮本課長、いろいろと手を焼かせてすみません。今日はこれで失礼します。お疲れさまでした」

「ああ、お疲れ。蘭さんも大変だったな。翔のやつ今日は大活躍したから労ってやってくれ。いい返事を聞かせてやれよ?」

そりゃもちろん、そうしたいんだけど……。

「は、はい。お疲れさまでした」

翔真がちょっと狼狽えた様子で視線を投げたけど、それをさらっと交わして立ち去って行ったイチにぃ。

『いい返事を』って?

「さ、一緒に来て。さっさと支度するから早く帰ろう」

翔真に手を引かれて、教事1課へと向かった。


本当にもう誰もいない……。
広報に異動になってからここに来る機会はなかった。
だから久し振りに入ったこの教事1課のフロアがやけに懐かしく感じる。

ここで、私は6年間仕事をしていた。

木原課長にも久し振りに会ったけど、思い出すのは宮本課長や佐伯主任と一緒だった最後の1年のことばかり。
思い出に浸っている間に翔真が帰り支度を済ませたようで、私に声をかけた。

「帰る前にちょっとだけ、ミーティングルームにいいか?」

「え?あ、はい……」

もう帰るんだと思っていただけに、驚きを隠せなかった。
さっさとミーティングルームに向かった翔真の後を追う。

もうフロアには誰もいないのに。
どうしてわざわざミーティングルームに?
さっきイチにぃが言ってた『いい返事』っていうのと何か関係があるの……?

「あの……どうかしたの?」

部屋に入って何を言われるのか待つつもりだったけど、沈黙に耐えかねて私から切り出した。

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