real feel
私はただ黙って彼の言葉を待った。

「兄は佐伯家の長男です。離れて暮らしてきましたが、長男だということに変わりはありません。親父が亡くなってから私が会社を継ぎましたが、本当は兄こそが継ぐべきだったと思うのです。だから貴女からも兄を説得してもらえませんか……?」

「え、私が佐伯主任を、説得?」

S・Factoryが弟さんの会社だと今日知ったばかりなのに、説得だなんて。
そんなこと私にできる!?

「あの、あまりにも突然で私かなり混乱してます。そんな大それたこと、できるかどうか分かりません……」

佐伯主任はまだ知らないはず。
私が今日ここで弟さんと会っていることも、こんな重要な会話をしているなんてことも。
まず何から話したらいいのかすら分からないというのに。

だって、それより何より私が気になって仕方ないのは、あの女性のこと。
思い出さないように、考えないようにしていたのに…。

「そんなに気負わなくていいんです。私と母の説得には限界があって、これ以上打つ手がないといいますか。距離が離れているのもあって、年に一度会えれば良い方ですし。話をしてもらえるだけでも、ありがたいんです」

家庭の事情ってそれぞれだし、下手に首突っ込むのもどうかと思うから、佐伯主任に家族のことを詳しく聞き出したりしたことはない。
だって、主任が話したくなったら話してくれるだろうし、私だって自分の家族のことを簡単には話せない時がある。

自然体でいるのが一番だと思うから。
無理して話すことじゃないと思うから。

「あの、約束はできませんけど努力はしてみます。私なんかでお役に立てるのか自信ありませんが……」

「ありがとうございます!私の真剣な気持ちが少しでも伝わってくれれば、兄の気持ちも少しは動くかもしれません。まずはその切っ掛けがほしいんです。蘭さん、無理なお願いをしてすみません」

結局、仕事の話とは言い難い内容しか話せなかった。


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